不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

退出ゲーム/初野晴

退出ゲーム

退出ゲーム

 本当に素晴らしい青春本格ミステリである。
 本書は4つのエピソードから成る連作短編集で、舞台は高校、語り手役は男性教師に片思いする一年生のチカだ。探偵役は、チカの恋のライバルでもある男子生徒ハルタである。つまり彼はゲイなのだ。女装癖等はなくオネエ言葉も使わず、さりとて逆にガチムチでもない辺り、等身大の同性愛者造形のようで好ましい。チカの方も、ハルタに対して至極普通の「恋の好敵手」として接している。マイノリティを対等に扱う姿勢は素晴らしい。もっとも、『1/2の騎士』では女装した男子高生(の霊)が登場し、これはこれで楽しかった。作者の手数は多いと見える。
 話を『退出ゲーム』に戻すと、この二人は幼馴染で共に、廃部寸前の吹奏楽部に(顧問の男性教師目当てに)入部している。そして想い人との接点となっている吹奏楽部を廃部させまいと、様々に頑張るというのがシリーズ通してのコンセプトである。
 最初の「結晶泥棒」は肩慣らし或いは挨拶状代わりの作品で、文化祭を中止せよと脅迫状に添えて劇物盗難事件が発生する。中心となるネタ自体は軽いが、伏線の張り方が堂に入っていて楽しめる。
「クロスキューブ」では、ルービック・キューブが何故か再び流行り始めた学校で、亡き弟が姉・美代子に遺したキューブの謎を探偵コンビが解き明かす。このキューブ、全面が真っ白で、解くも解かないもないと思われたが……。この美代子はオーボエの名手だったが、普門館でのコンクール出演中に、容態が急変した弟が病院で一人寂しく死んだことにショックを受けて、吹奏に拒否感を抱いていた。チカとハルタは、白いキューブの謎を解くことで彼女を助け、吹奏楽部に入部させようという魂胆なのだ。しかし二人は次第に打算尽くではなくなって、友人として美代子の殻を破ろうと努力し始めるのだ。こういった友情醸成は学生期にしかできないものなので、実にいい青春模様といえよう。おまけに、最後に示される姉弟の絆も感動的である。全般的に過度にベタベタしておらず、説教臭さもないなど、バランスだって非常にいい。
「退出ゲーム」は、さらに変な事物が出て来て、それゆえに青春っぽいことがおこなわれる。ある演劇部員を引き抜くべく、吹奏楽部の面々が、演劇部と舞台上で対決するのだ。それがタイトルにもある退出ゲームである。即興の劇を演じて、相手の部員たちをいかに舞台から去らなければならないシチュエーションに持って行くか……。丁々発止で笑いも交えつつ、息詰まる頭脳戦が繰り広げられる。ロジックで相手を打ち負かすというゲームなので、ミステリとの相性も抜群、実際クオリティは高い。またネタが情緒面とも密接に絡んでおり、非常にいい味を出している。……ある人物が抱える事情は、ちょっとだけ社会派かも知れないなあ。含羞と決意に満ちたラストも素晴らしい。
 最後の「エレファンツ・ブレス」は、社会派要素が更に強まった作品である。話の前提条件は「クロスキューブ」や「退出ゲーム」に輪をかけてややこしく、いかにも厨房青い高校生っぽい。発明部員が開発したトンでもない枕を開発したと称するのだが、それは、「好きな思い出を3色までで表現して申告すれば、その色と共感覚で繋がっている音程を睡眠中に聞かせて、その思い出の夢を見させる」というものなのだ。無理です。しかしその後に意外や深刻な光景が現れて、思わず身を乗り出してしまう。それは、謎の色《エレファンツ・ブレス》一点のみを申請して来た依頼人がいたということである。何故こんなことを申請したのか事情を探るよう、主人公コンビは生徒会長に命ぜられるのである。本編で初めて事件内容は学校を(ひょっとすると青春小説をも)離れ、死を迎えんとする老人の思い前半生が話の焦点となる。もちろん笑いも忘れられているわけではないが、物語に切ない影があることは否定しがたい。だがそこがいいのである。どこか心温まるのもミソだ。もちろん推理も至極真っ当である。
 というわけで、本書は今年を代表する青春本格ミステリの傑作となった。米澤穂信が最近新刊を出していない寂しさを補って余りある。強く広くオススメしたい。