不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

トーキョー・プリズン/柳広司

トーキョー・プリズン

トーキョー・プリズン

 第二次世界大戦終結後の東京。巣鴨の刑務所には、戦犯たちが集められていた。ニュージーランド人で従軍していたエドワード・フェアフィールドは、戦争で行方不明になった従兄(そして私立探偵事務所の共同経営者でもあった)クリスの手がかりはないかと巣鴨刑務所を訪れる。責任者のジョンソン中佐は、エドワードの職業を馬鹿にした態度をとりつつも、ある条件付きで、エドワードの調査を認める。その条件とは、捕虜収容所で残虐行為をした咎で戦犯指名された当時の収容所長・木島を監視しつつ、刑務所内で発生していた怪死事件を調査するというものだった……。
 不可能犯罪と戦犯問題を扱った作品。焼け野原になった東京を舞台として、太平洋戦争を主題として扱った作品だけあって、基本的に沈鬱なムードで進行する。ただし、それほど深い洞察が示されるわけではない。作家は右・左・戦勝国・戦敗国と旗幟を鮮明とせず、各登場人物の人間としての視点から、戦争の悲惨さ(それは人死にだけではなく、戦争というものが人間のありようにどう影響するかも含めての悲惨さである)を個人レベルで淡々と紡ぐ。政治思想的な問い掛けは無論なされるが、社会全体に関する結論を出したり、現代に直接着弾したりしないよう、気を使った形跡があって興味深い。両翼にもピンからキリまでいるが、キリどもに絡まれることを避けたのだろうか。
 ただし、作品内で示される《太平洋戦争とその戦後処理》に関する話題が、ことごとく類型的・典型的・ありがちで、よく言えば最大公約数ということになろうが、はっきり言うと、このテーマについてどの程度自分で考えたのか疑いたくなるのは問題。登場人物造形も、散々勿体を付けつついまいちパッとしない。端的に言えば、戦犯処理が纏う重い雰囲気で全てを誤魔化し、戦犯処理そのものの内奥に迫らない作風であり、感心しなかった。自分の考えを自分の言葉で述べることからテーマ設置型の小説は始まるはずだが、この作家には、それがないのではないだろうか。丁寧に書かれたことは間違いなく、読みやすくもあるのだが、小説として上出来と言うには何かが足りない。
 ミステリ的な作り込みは、しっかりしていて十分に満足できる。また全体的にも、先述のように読みやすいし、《太平洋戦争とその戦後処理》にこれを読んで読者個人が思いを致すには十分な描き込みもなされている。そもそもこのテーマ設定は、ミステリ的な趣向と絡めてこそ真価を発揮するのではないか。というわけで、本格ファンにはお薦め。最後に言っておくと、私はこの作品、決して嫌いではないのです。