不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

セリヌンティウスの舟/石持浅海

セリヌンティウスの舟 (カッパノベルス)

セリヌンティウスの舟 (カッパノベルス)

 たぶん私ならこういう動機はあり得ないな、と思う。しかしこれを言っても仕方ない。私は海で遭難しかけたこともなければ、生死に係る経験を誰かと共にしたことがない。強烈な連帯感を他人と持ったことも、恥を晒すようだが、ない。だからそうなった人々がお互いにどういう感情を持つのか知らない。またそもそも、同じ体験をした人が同じ情動を覚えるということも、基本的にはあり得ない*1ので、「この作品の登場人物に限っては、こういうものなんだろう」と割り切るしかない。さらに正直、この手のメンヘルは現実にも案外、大量にいる気がしてならない。私に限らず、一個の人間が、人類全員の精神を把握できるはずもなく、他人の言動に関して「これはないだろ」という事柄はあり得ないのである。
 というわけで、動機は本作の欠点ではない。問題はロジックである。「この人はこういう人だ、だからこの時はこう行動したはず/しなかったはず」というロジックは、ロジックの体を成していない(と私は信じている)。もちろん、この手のロジックをいかなる場面においても認めない、というわけではない。しかし、全編議論シーンで埋め尽くされる(=ロジックを作品の売りにしている)状況において、その全ての論拠が「死者はこういう人のはず」なのは、個人的には到底承服できない。
 いずれにせよ、連帯感バリバリのやり取りは気色悪かったです(欠点だとは思わないが)。ディベートやロジックそのものはスムーズに繋がっていて、ここら辺は流石だと思いました。以上。

*1:これに関しては、他人の読書感想を見聞きする人種にとっては自明の理だろう。