不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

温かな手/石持浅海

温かな手

温かな手

 大学の研究者である畑寛子と同棲するいつも冷静な青年・ギンちゃんは、実は人間ではない。皮膚を接触させることで人間の生命エネルギーを吸い取って生きている、人間に擬態した異種生命体なのだ。寛子とギンちゃんは周囲からは同棲中の恋人と思われていたが、実態は、ギンちゃんが寛子の純粋な精神によっておいしくなった生命力を吸い、その代わり寛子はいくら食べても全く太らない生活を送る、という共生関係にあるのだった。そんなある日、寛子の勤める研究室で同僚が殺害される事件が起きる。寛子を心配して駆けつけたギンちゃんは、あっさりと事件を解き明かして……。
 ギンちゃんは、種が違うからこそ冷静に殺「人」事件に接することができる。寛子は、そんなギンちゃんに適切な量の生命力を吸い取られることで冷静さを取り戻し、知人が死亡しているような殺人事件現場でも冷静さを失わない。東京創元社のHPで作者自身が述べているように、これは「殺人事件に巻き込まれたのに、どうしてお前はそんなに冷静なんだ」という突っ込みへの有効な回答である。もっとも結局超特殊設定に頼っているので、そう何度も使えないが。
 本書には七つの短編が収められている。人間心理を機軸に据えたロジック構築は、いつもどおり手馴れたものであり、堅牢でありながらもどこかに不気味な違和感を湛えている。また顕現する《善意》《悪意》そして《倫理》といったものも、なかなかオリジナリティに溢れていて予想と期待を裏切らない。これまたいつもどおりだろう。この仄かに薫る気持ち悪さは何かと考えながら、非常に読みやすい洗練された本格ミステリを読むのも乙なものである。
 というわけで、総じて楽しめる短編集になっており、広くオススメできる。個人的には登場人物の配置が綺麗に決まる「陰樹の森」と、被害者の変な習慣がヒントとなり、かつちょっとした二重底構造になっている「大地を歩む」がお気に入り。石持浅海は本当に安定していると思う。