不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

チルドレン/伊坂幸太郎

チルドレン

チルドレン

 伊坂幸太郎は合わない合わないとずっと言い続けてきたが、『チルドレン』に至って初めて十全に楽しめた。評判が良く、絶賛する人も多い作家の魅力に遅まきながら気付くのもまた、嬉しいものである。

 などと言い置いて何だが、『チルドレン』は傑作ではない。もちろん伊坂幸太郎は大傑作をドカンとものすタイプではなく、所謂〈いい作品〉を寡作でも量産でもないペースで書いてゆく作家だと思う。しかしそれでもなお、『チルドレン』は傑作ではない。何よりも小粒だし、情動上の揺さぶりをかけて来ないので、この作品を読んで感動してしまう人は希少だろう。その意味では『アヒルと鴨のコインロッカー』が〈傑作〉という言葉のイメージに近い。私は100%楽しめなかったが、世評は恐らくそう判断する。

 では私は『チルドレン』の何処に惹かれたのか?
 答えは簡単である。感動云々を狙わず、「ちょっといい話」に特化されているからだ。奇矯な登場人物たち、リズムは不自然だが味のある会話、表層的かつ典型的な悪役たち、などが伊坂の特徴であり、これらを対照して感動をもたらす。しかし、この特徴は簡単に短所へと変わる。特に、こちらが指摘するような浅薄な悪役、或いは主人公らの奇人変人ぶりは、彼らの純粋性の担保してして設計されている。問題はこの設計があからさまに過ぎた点にあり、感動が〈狙われている〉ことへの抵抗を覚えた。
 しかし『チルドレン』では、大袈裟な感動はまるで意識されていない。各話が短いこともあるが、〈ちょっといい話〉をミステリというファンタジーにくるみつつ飄々と書き上げてゆく。そこには鬱陶しい涙や嗚咽はない。思わず頬が緩むような、心地よい世界が開けている。それで十分ではないかと思うのだ。
 というわけで、広くお薦めできる一冊である。