不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ifの迷宮/柄刀一

ifの迷宮 (光文社文庫)

ifの迷宮 (光文社文庫)

 近未来が舞台。殺人現場から物故者(被害者以外)のDNAが検出され波紋を呼ぶ。

 遺伝子治療が今以上に進歩している、との前提で語られるこの物語は、その設定にもかかわらず恐らく微塵もSFではなく、徹底的に本格ミステリである。だいいち話の骨子は完全に一族もの。結局のところ因果譚に収束してしまう辺り、若干の苦笑を交えつつ非常に興味深く読んだ。
 ただし、作者は主人公の女性刑事に障害者の息子を持たせ、これを通し、遺伝子医療が生命に対する価値観を塗り替える様を如実かつ印象的に描出し、重いテーマを作品に深く根付かせている。ここで作者の込めたメッセージは、ちょっと情緒的であり個人的には萎えるが、トリック他が非常に良いので、気にしない方が良かろう。

 というわけでこれは傑作である。『アリア系銀河鉄道』と並び、作者の現時点における代表作となるだろう。