不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

アリス/中井拓志

アリス―Alice in the right hemisphere (角川ホラー文庫)

アリス―Alice in the right hemisphere (角川ホラー文庫)

 角川ホラー文庫の『アリス』。
 書き手は『レフトハンド』『quarter mo@n』の中井拓志医学生物学ネタを繰り出してパニック小説的展開を辿るところなど、どちらかと言えば『レフトハンド』寄りの作品である。ただ、『レフトハンド』が明らかに荒削り・未完成な要素が目に付く冗長な作品であったのに対し、『アリス』においては「はみ出した」要素が作品のまさに美味しい所と思われる辺り、おこがましいようだが作者の成長を感じる。その点では、ネット社会を先鋭的かつ豊穣に描いた『quarter mo@n』も同様である。いい意味で「詰め込みすぎ」という過剰感(※)を絶妙に醸す作品を連発した以上、もはやまぐれとも思えず、中井拓志は要注意作家に完全になりおおせた。気が早いが次作が楽しみである。

(※)
 誰が言っていたか思い出せないのだが、過剰感は「平凡」と「非凡」を分け隔てる決定的な壁だと思う。何が過剰かはケースバイケースだが、適切にして適度な事象ばかりが目に付く小説は、秀作ではあるけれども、ベストテン企画等では忘れ去られる。個人の記憶からもすぐ消えるし。まあ「適度であること」自体に過剰な作品であれば、これまた印象は強烈で「非凡」となるのだが。