不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

虚ろな感覚/北川歩実

虚ろな感覚

虚ろな感覚

 この作者は過去『透明な一日』で一度だけ接し、ボロクソに貶した覚えがある。それ以降、良い評判も馬耳東風と聞き流し、今に至っている。あの時は先輩に「言い過ぎ」とか言われたっけなあ。でも今回はなぜかふらふらと買ってしまった。短編集だった、というのも大きい。気楽に読めるんで、再トライしようと思い付いたのでしょう。結果としては好印象だった。
 これは昔の感想と乖離しており、さらなる検証要のため、今後も新刊をチェックする必要があると思う。

 以下、一編毎に短くコメント。

「風の誘い」
 ストーカーがいかに女性に近付くかという物語、そして謎解き。骨子はありがちだけれど、夾雑物のなさ過ぎる人工的な文章で一貫させ、雰囲気を盛り上げている。この点は他の短編でも同じ。結果的なだけか狙いかはよくわからんが、長所であることは確か。

「幻の男」
 二人の女性が登場する、ツイストの効いた好短編。ほぼ会話劇。淡々とドンデン返しが連続するのはなかなか面白い。ドンデン返しそのものじゃなく、その雰囲気を味わうべき。

「蜜の味」
 ぶくぶく肥りつつあるので、ダイエットネタは耳に痛い。というわけでなかなか冷静には読めなかった。ただ、オチがどういったものか、いまいちわからん。読解力落ちたなあ。

「侵入者」
 侵入者は家に侵入したのか、それともネットから侵入したのかという謎がベース。《誰にでもある気の迷いor悪意》のさりげない提示と、しかしそれだけで世界が変わっちゃう怖さが凄い。この作品が、作家・北川歩実の核心に一番近いのかも、なんて思った。

「僕はモモイロインコ」
 義母が死んでショック受けて、ペットのインコとしてしか喋らなくなったガキと父親の物語。最後はハートウォーミングであるが、同時に哀しい。余韻も感じられる。ただし、こういう感傷的な小説、他の短編の中ではちと浮いている。

「告白シミュレーション」
 小説としては前提に多々問題あるけれど、こういう状況になったら俺、主人公と同じことやりかねない。……なんか色々思い出してきたぞ。

「完璧な塑像」
 捻りの効いた作品。ミステリとしては「幻の男」と並び、この作品集中ベストの完成度を誇る。ただ、ちょっと短すぎたかもしれません。もう少し色々味わいたかった。
まあ確かに長編向けのネタじゃないから、難しいところだけれど。