不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

薄い月/海月ルイ

京都迷宮事件簿 薄い月 (トクマ・ノベルズ)

京都迷宮事件簿 薄い月 (トクマ・ノベルズ)

 フリーライターの夏目潤子(離婚暦あり)は、来年創設されるノンフィクション大賞に応募すべく、京都府警の《見当たり捜査》に密着取材する。《見当たり捜査》──それは、指名手配者の顔を刑事たちが覚え込み、街頭に出て当該人物を探し出すというものだ。意外とこれが役に立つらしい。だがある日、取材先の捜査班の中でもピカイチの腕利きとされる稲垣警部補が、《アタリ》を引いた表情に明らかになったにもかかわらず、自分は何も見ていないと主張し始める。不審に思った潤子は、独自に調査を始めるのだった……。
 読者を驚倒せしめる大ネタはないが、文章も人物造形もしっかりとしたものであり、ミステリ的な構成にも全く過不足がなく、完成度も高い。取材先・捜査先で会う人々との会話が一々イヤな感じであることも、非常に素晴らしい。また、本筋とはさほど関係のないこれらの挿話を多く投入すると、多くの場合作品全体が混沌としがちだが、海月ルイは簡潔な文章で余剰成分をしっかり絞っている。情緒的にベタベタしないのも偉とすべきだろう。
 というわけで、なかなかの佳作である。個人的に信用している読み手たちが、前作の『京都祇園迷宮事件』も誉めていたので、そちらもいずれ読んでみたい。
 しかし本作に「旅情ミステリー」はいくら何でもないんじゃないですか……。