不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ロンド・カプリチオーソ/中野順一

 バー《CLOUD》のバイトのピアノ弾き・タクトは、恋人で予知能力のある花梨から「しばらく新宿西口には近寄らないで」との忠告を受ける。だがタクトは敢えて西口に向かい、トモミという美女とぶつかって携帯を壊してしまう。直してあげるというトモミに携帯を差し出したタクトであったが、やがて、タクトの父の世界的指揮者に脅迫電話がかかってきたり、友人が死んだりして、トラブルの影が周囲に忍び寄ってくる。
 主人公タクトの言動ならびに思考、感受性が極めて無軌道である。
 彼が付き合う花梨は予知能力を持っており、(未読ですが)前作『セカンド・サイト』では主人公の死を予知していた模様である。しかし主人公はこれを跳ね飛ばし生き残って、『ロンド・カプリチオーソ』でも元気に主役を張っている。……ということは主人公は確実に、実績として運命に抗っている。にもかかわらず本書で、この前作のエピソードを紹介した舌の根も乾かぬうちに、タクトはこんなことを言い出すのである。

 おれはたとえ悲劇的な事態を避けるためでも、運命に逆らうべきではないと考えるようになっていた。強引にねじ曲げた運命は、必ずどこかに皺寄せがいく。余計な小細工などせず、そのまま受け入れるべきではないか

 あれ? じゃあなんでお前、前作で死ななかったの? そして実際、花梨が予言をベースに「新宿西口には近付かないで」と忠告したのに、これに能動的に逆らって「反骨精神と好奇心、そして刺激なしでは生きていけない性格が、おれの運命をあるべき形に戻そうとしていた」=要するに刺激を求めて新宿西口に向かうのである。
 また、6年間連絡が途絶し、勘当同然とされる父親とも、えらく普通に絡んでいる。少なくとももう少し意地を張らないと、主人公が自称するような屈託があるとは思えない。それともこれはあれか、父に対しては脳内でだけツンデレということですか?
 メインのネタを構成する「ある人物の計画」も、穴が多過ぎて突っ込みどころに困る。この計画の要諦は「正答と誤答(作中人物に対するミスリード)を用意する」というものだが、誤答の方から判明するとは限らないのが致命的である。最初から正答に到達する可能性は、誤答と同じくらいあるはずで、ここら辺をどうするつもりだったのかよくわからなかった。
 以上のようなことから、主人公やその仲間たちが思い付きで生きているのはよくわかる。行き当たりばったりで一貫性のない思考回路と感受性は、まさに「青さ」そのものとも考えられ、ここは評価できるかも知れない。作品を覆う、登場人物たちの《いい加減さ》こそが、本書の持つリアルなのだろう。実際、こういう人々はいてもおかしくない。それどころか、言動や感性が常に理屈だっている人間などほとんどいないのだから。