不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

死者の部屋/フランク・ティリエ

死者の部屋 (新潮文庫)

死者の部屋 (新潮文庫)

 工場を首になった失業者二人組は、腹いせに事務所の壁に落書をした帰りに、大金を持った男を車で轢き殺してしまう。とりあえずその大金を持って逃げ帰った二人であったが、実はこの金は被害者の娘の身代金であった。やがて娘は無残な死体となって発見されたが、身代金を要求した割には、死体にパラノイアックな意匠が施されている。もしや犯人は、サイコキラーだったのか?
サイコキラー」「ひょんなことから大金を手に入れた小物コンビ」「それを捜査するプロファイリング・マニアの女性刑事リューシー*1」という3本のプロットが並行する作品だ。しかも、サイコキラーによる連続殺人とは言いながら、身代金要求が付随したり、小物コンビの信頼関係が奇胎化するサスペンス要素が混じるなど、プロット数以上に様々な類型が込められている。これらは最後に綺麗に収斂し、物語はしっかり締まる。小説の完成度としては、翻訳済みの『タルタロスの審問』(別シリーズ、ランダムハウス講談社)に勝るだろう。しかし、個性的な登場人物たちや、要素の多様性(雑多/猥雑の一歩手前)はそのままであり、読み応えも十分なのだ。
 華麗で繊細な筆致も魅力的で、犯人サイドを含めた登場人物たちの心理面を鮮明に、そしてしばしば不気味に描出している。フランスの気鋭の代表作という惹句は、とりあえず額面どおり受け取って差し支えないだろう。続編その他この作家の翻訳がもっと進みますように。

*1:なお彼女には何だか変な過去がありそうだが、本作では語られない。続編で明らかとなるそうなので、翻訳が待たれる。