不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

枯葉色グッドバイ/樋口有介

枯葉色グッドバイ (文春文庫)

枯葉色グッドバイ (文春文庫)

 代々木公園のホームレスで元刑事の推葉明郎は、以前自分が教官を務めたことがある、女性刑事の吹石夕子に日当2000円で雇われ、半年前の坂下一家殺害事件と、代々木公園での女子高生殺害事件を捜査することになった。何でも、代々木公園で殺された被害者は、一家で唯一難を逃れていた女子高生・美亜の友人であったらしい……。
 三人称多視点の手法により、錯綜する事件を徐々に解きほぐす。ミステリ的な趣向が格段に強化されており、犯人像も二転三転して面白いし、これを実現するために、事情が明らかになる手順もよく考えられている。主要登場人物の推理も、ディベートと検証の繰り返しに余念がなく、ミステリ・ファンも満足できるだろう。
 一方、人間ドラマ的な側面も万全である。ホームレスの推葉はモテ過ぎの気障な男で、夕子と美亜は例によって例の如き女性像を結ぶが、周辺事情の描き込みが綿密に為されているので、《常套的だ》などの印象を抱かずに済む。また、今回は家庭の影の部分に主人公が果敢に踏み込んでいく。ハードボイルドでよく強調されるところの《血の悲劇》の側面が鮮やかに浮かび上がって来るのは、樋口有介の新生面と捉えて差し支えあるまい。彼は従来、この点で正面突破を避けていたが、今回はテーマとがっぷり四つに組んでいる。主人公はホームレスとなるだけあって、一種の達観に至っており、それが作品に(他の樋口作品とはまた別の)感傷をもたらしていることにも注目したい。
 というわけで、『枯葉色グッドバイ』は読み応え十分で広くおすすめできる。私が読んだ範囲内では、本書が樋口ミステリの最高傑作である。