不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

蛾/ロザリンド・アッシュ

 深い森に包まれ、長い間空家となっていたダワー・ハウス。この美しい屋敷には、前世紀、女優サラ・ムーアをはじめとする様々な有名人が社交のために訪れたという。散歩がてら偶々ダワー・ハウスに出くわした学者ヘンリーは、この屋敷に魅せられる。やがて、ジェイムズとネモ夫婦がこの屋敷を購入し、ヘンリーと共に屋敷と庭を整備してゆく。磨き上げられ益々魅力的になる屋敷。だが不思議な物音や音楽が聞こえるなどし始め、ヘンリーは遂に、サラ・ムーアの霊がネモの身体に入ってゆく瞬間を目撃するように思う……。
 スーパー・ナチュラルな要素をふんだんに織り交ぜた、幻想的なホラー小説。重々しい雰囲気の割に、掘り下げは正直浅く、読み手の深奥まで揺さぶるような奇怪な情感を漂わせはしない。一瞬たりとも。しかし反面とても読みやすい。ヘンリーが覚えるネモに対する愛情*1、ダワー・ハウスの美しさ、怪奇現象、意味深長なタイトルなど、なかなか面白く読める要素に事欠かない。点在するとても美しい情景、徐々に強まるサスペンス要素も、結構イケる。
 ただし、読み終わると割に早く内容忘れるんだろうなあ、とは思ってしまった。リーダビリティはあるので、長編にも残るものをさほど求めない人には、一読を勧めておきたい。

*1:他の登場人物(ジェイムズ除く)とは違い、ヘンリーはネモがサラに取り憑かれる前から、想いを寄せている。これは重要なポイントだ。