不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

狂人の部屋/ポール・アルテ

 ソーン家の屋敷ハットン荘には、忌まわしい過去があった。100年ほど前、部屋で一族の文学青年が謎の死を遂げたのである。なぜか部屋の絨毯は水に濡れて……。以来その部屋は開かずの間となっていたが、現在の当主ハリスは、その部屋を開こうとする。そして一族に、怪事の数々が襲い来る。
 呪わしい言葉を遺して死んだ大叔父(上記文学青年のことである)、曰くつきの部屋、怪しげな予言をおこなう登場人物、不気味な不可能犯罪など、諸々の要素が惜しみなく盛られた本格ミステリである。アルテのガジェットへの傾倒は、『狂人の部屋』において、遂にカーに匹敵した。しかも人間関係が輻輳し、それでなくとも複雑な事件は、混迷を極めることになる。
 ところが解明に至るや、プロット・トリック・伏線が、実にすっきりと整理される。さらに、残された余剰すらもが完璧に機能! また、登場人物の多くが何らかの恋愛関係を取り結んでおり、筆もそこにかなりを割く。このため、主要登場人物の恋愛模様に着目しながら物語を追うことも可能であり、事件が錯綜しているにもかかわらず、一定のリーダビリティすらもが保証されるのだ。
 度肝を抜くような何かが仕掛けられているわけではないし、本格ミステリに新地平を拓くような作品でもない。しかし、完成度の高さは本物である。アルテの最高傑作と言えるだろう。