不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

海の底/有川浩

海の底

海の底

 横須賀に甲殻類の大群襲来……!
 という感じのパニック小説。『空の中』の人類危急存亡(ミニマムに考えても日本危急存亡)に比べると、『海の底』で危機を迎えるのは横須賀でしかなく、政府も民間人もマスゴミも確かに右往左往、人死にも結構出る*1のだが、スケールの後退は否めない。その代わり、この事態に至った場合の自衛隊やら警察やら軍ヲタやらの動きが、要領よくも詳しく描き込まれる。もちろん、各々のヲタが見れば突っ込み所はあるのだろうが、それも私が『のだめカンタービレ』を読んで感じる突っ込み所程度に収まるのではないかと推測する。要は、小説の瑕疵にはならないってこった。
 《きみとぼく》色がほとんどないのも、いい感じ。『空の中』の主人公は、世界の命運を握っているにも拘らず、専ら個人レベルでしか悩まず、世界など眼中になかった。私などには、これはバランスが悪いとしか映らず、違和感バリバリであった。しかし今回はかなり修正されている。この物語にはそもそも、命運を握る個人が存在しない。甲殻類パニックの中で燻り出される群像劇とパワーゲーム。特に、シェルターよろしく未成年者たちが逃げ込んだ潜水艦の中での、あざといばかりの青春群像が素晴らしい。
 小気味良いテンポで進むストーリー、類型的だが魅力的な登場人物、綿密な取材に基づく題材配置など、完成度の高い娯楽小説であることは間違いない。シンプルで楽しい読書がしたい人には、お薦めです。

*1:登場人物はあまり死なないけど。