不壊の槍は折られましたが、何か?

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マルク・ミンコフスキ/レ・ミュジシャン・ドゥ・ルーヴル シューベルト:交響曲第8番ハ長調《グレイト》

 2012年3月、ウィーンのコンツェルトハウスでのライブ録音。同月同会場で一気にライブ収録した交響曲全集の中の1枚である。以下、全集の他の曲も聴いた上での感想。
 オリジナル楽器を使っており、ピッチは低く、音は基本的に軽い。テンポは中庸で、意外なことに第一楽章コーダの序奏部主題回帰のところはぐっとテンポを落としている。テンポも第一楽章はさほど速くなく、第二楽章も速くない。第三楽章とフィナーレも、とりたてて快速とは言えないテンポである。そしてフィナーレは提示部のリピートを省略している。そして表情は概ね真面目なものである。彼らのハイドンの《ザロモン・セット》に比べると、真面目ぶりは明らかである。シューベルトの本拠地たるウィーンに乗り込んでのライブという事情もあるかも知れないが、それよりも合理的な推測は、古典派でミンコフスキがよく見せる愉しげな演奏を志向しておらず、一つの大曲として正面からしっかり弾き切ろうとしている、というものだろう。既に古楽器が「それ自体」で表現になる時代は終わった。古楽器もただの表現ツールに過ぎず、この《グレイト》は、古楽器を使いつつ、常識的な範疇の音楽作りをしようと試みたのかも知れない。
 とはいえもちろん、演奏がつまらないわけではなく、どこもかしこも標準的な解釈ばかりというわけではない。第三楽章とフィナーレでは、おっと思うアクセントの付け方やイントネーションが出て来て面白かったし、第一楽章のラストはまるで《王宮の花火の音楽》のようなサウンドが聴かれてこれも面白かった。前者は指揮者の個性的解釈に相違あるまいが、後者は古楽器でこの曲をしっかり演奏するとこうなるという楽器の持ち味かも知れない(もっともオリジナル楽器を使ったら必ずこうなる、というものではない)。あと、これは恐らく故意に近い彼らの個性だと思うが、音が大変にふわふわなのである。メレンゲ、マシュマロ、中華料理の卵白仕立て、そんな感じの食感を想起させられるほどの聴感である。これがシューベルトには結構合っていて、夢見心地気分を倍加させる。だからこそ、先述のアクセントやイントネーションが効果をあげるのだ。というわけで魅力的な演奏ではあるのだが、ただし、ミンコフスキならもっと官能的かつ愉悦感に満ちた演奏ができたんじゃないかという思いを拭いがたいのも事実。実演を聴いてしまっているコンビだから、要求水準を高めてしまうんだよなあ。音盤の聴き手としては良くないことです。あと、ミンコフスキがモダン楽器のオーケストラで《グレイト》を振ったらどうなるか、聴いてみたい気がします。
 なお全集の他の曲では、《未完成》が同じく真面目で曲想も考えてか幽玄な雰囲気に満ちた良い演奏であった。6番以前は、ハイドンの時ほどではないけれど、《未完成》や《グレイト》に比べると、より表立って明るく楽しげに演奏している。きりりと引き締まりつつ、どこか鄙びた古楽器サウンドが、楽曲にえもいわれぬ味わいを醸し出す。私は大好きです。《未完成》や《グレイト》ではそこまで大好きと言えないのは、それまでの6曲と性格が異なるので、ミンコフスキの方法論が通用しづらいということなのだろうか。