不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

サントリーホール チェンバー・ミュージック・ガーデン フィナーレ

13時30分〜 サントリーホール ブルーローズ

  1. ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ長調op.24《春》
  2. モーツァルト:ピアノ協奏曲第14番変ホ長調K449
  3. ブラームス弦楽六重奏曲第1番変ロ長調op.18
  4. 【追加曲目】ホッケリーニ:マドリッドの帰営ラッパ
  5. メンデルスゾーン:弦楽八重奏曲変ホ長調op.20

 チェンバー・ミュージック・ガーデンの他日公演である、ヘンシェルQのベートーヴェン連続演奏会の3回目を先週聴きに行ったのだが、その際は、彼らの演奏は暴力的にしか聞こえず、苦痛だったので前半で退出した。実は、昨日土曜日の、連続演奏会最終日のチケットも手配していたが、行くのを止めた。これはもちろん金の無駄だが、あの苦痛に満ちた2時間を過ごすよりは良いと判断した次第である。さて今日も不安がないわけではないが、彼らの出番は後半に限られており、最悪の場合でも前半は彼らとは全く無関係の演奏が聴けるし、問題の後半も、ヘンシェルQにプラスして外部の人間が参加するため、まあ多少はマシになるだろうと予測した。よって中止とせず、出掛けたのである。
 前半、まだ若い女性二人のデュオ・ノリスが奏でる《春》は、常套的だが伸びやかな演奏。健やかなベートーヴェンが楽しめた。続くモーツァルトのコンチェルトは、若林顕の弾き振り。伴奏は弦四部の合奏で、各パート4〜5名、コントラバスはなしである。若林氏の指揮は無意味な大振りで、本人ががむしゃらに腕を振り回しても弦楽奏者はまるで見てない。だが出て来ている音自体はとても良かったと思う。若林氏に「指揮されている」という意識は希薄だったのではないか。代わりに、とても室内楽的で、各メンバーが自発的かつ楽しそうに演奏に参加していたのが音に出ていて、大変微笑ましく聴いた。若林氏も本職のピアノはストレートな演奏で、柔らかいタッチを駆使して、モーツァルトを可愛く聴かせてくれた。ピリオド要素はほとんどなかったが、うん、こういう親密な演奏で聴くモーツァルトもいいなあ。なおCMGアンサンブルには、各パートに一名ずつ、エクセルシオのメンバーが後ろのプルトに参加していた。
 問題の後半は、ヘンシェルQの暴力的な要素はかなり減退していて、純粋に心から楽しめる演奏となっていた。理由は恐らく二つある。まず1stを、癖の強いクリストフではなく、彼に比べれば柔軟なダニエル・ベルが担当していること。硬い音色でしゃかりき一辺倒、というヘンシェルの悪癖がかなり緩和されていた。とはいえ、それでもなおヘンシェルQの4名のメンバーによる和音は硬い。これを緩和したのが、今日彼らと共演した日本人演奏者の皆さんである。ブラームスでは堤剛御大と吉田有紀子さんが参加、盛んに他のメンバーと視線を交わして、いい感じで柔らかいハーモニー作りに貢献していた。特に堤館長はいい仕事をしていたように思う。年季が違うというか、本当に味わい深い良い音色でした。ブラームスにはぴったりだ――作品番号はかなり若いけど。
 さて次は、ヘンシェル+エクセルシオメンデルスゾーンだ……と思っていたところに、チェロのバイヤー=カルツホイと大友さんだけ雛壇に登場して座り込み、出演者入口+会場入り口に待機していた他のメンバーと共に、サプライズでボッケリーニの行進曲の演奏を開始。ヴァイオリンとヴィオラの6名は、それぞれ弾きながらゆっくり歩いて会場入りし、最後は雛壇の前で並んでフィニッシュ。これで会場の雰囲気も和む。演奏者の雰囲気も和んだであろう。そして全員が雛壇に並べられた椅子に座り、メンデルスゾーンが始まる。
 このメンデルスゾーンが大熱演。ヘンシェルのメンバーは相変わらず音が硬く生真面目だが、機能性は高い。エクセルシオがここに柔らかみ、温かさ、そして愉悦感と爽快感を持ち込んで、見事な演奏を形作っていた。これこそ「共演」の醍醐味ですよねえ。全四楽章が終わった時の会場の拍手も当然熱のこもったもので、8名の演奏者たちも満足気であった。いいものを聴かせてもらいました。
 ヘンシェルQに対する評価は変わりませんが、音楽というものは、共演者によっても全然違ってくるのだなあと痛感。しかし面白いよな。日本人演奏家が外来演奏家に「柔らかさ」「愉悦感」をもたらすなんて。普通は逆だよ!

*1:サントリーホール室内楽アカデミー選抜アンサンブル