不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

サルビアホール・クァルテットシリーズ Vol.10

2012年5月7日19時〜 サルビアホール

  1. ハイドン弦楽四重奏曲第77番ハ長調Op.76-3《皇帝》
  2. シェーンベルク弦楽四重奏曲第2番嬰ハ短調Op.10
  3. シューベルト弦楽四重奏曲第14番ニ短調D810《死と乙女》
  4. (アンコール)シューベルト:夜と夢D827

 アンコール前に荒井さんが喋ったところによると、ウィーンの古典派・ロマン派・モダンの代表的楽曲を並べたとのこと。なるほど言われてみればそうだ。ウィーンにはニューイヤーコンサートなどで心地よいイメージがあるが、よりハードで進取の気風に富んでいる面もあって、それぞれの時代の前衛的な試みをおこなった楽曲を並べて、その激しさを「身をもって」表すコンサートを目指したということだそうだ。
 そのコメントどおり、大変素晴らしい演奏会となった。クァルテットの四人はとにかく全員ノリノリで、最初のハイドンからテンションが極めて高い。民謡からとったというメロディーが弾むと共に、伴奏も結構活躍する曲であることをしっかり示していた。そして次のシェーンベルク! 実演で聴くのは初めてですが、楽章が進むにつれて調性音楽がボロボロと崩壊していき、第三楽章以降は声楽が登場(!)するのみならず、もはや完全に十二音技法の領域に到達してしまう。こんなもんいきなり聴かされたらスキャンダルにもなるわな。当時のウィーンの聴衆の衝撃はいかばかりか。演奏も素晴らしく、波多野さんの美しい歌唱と相俟って、青白い情感を遺憾なく発揮。うーん凄い。
 そして後半は、さらにテンションを上げて、名曲《死と乙女》を憑かれたように演奏。第1ヴァイオリンはもっと伸びやかにやってくれても良かった気はするし、若干ミスもありましたが、演奏の設計に悪影響を及ぼすような瑕ではなく、この名曲を堪能いたしました。何か破滅へ向けて驀進している音楽にも聴こえて、とにかく圧倒されましたです。
 日本人奏者は堅実な解釈と表現を得意としますが、どうもそこでおとなしくしている感があります。しかし今日のモルゴーア・クァルテットは、その思い込みを打ち破る演奏で、衝撃を受けました。ここまでリズムが波打ち、テンションも高く、楽想も抉りに抉って全員一丸で突撃する演奏団体(しかも外国人指揮者の指導によるわけではない!)なんて、他にあるでしょうか? 少なくとも私はまだ体験していないような。いやあ素晴らしかった。また呼んでくれないかな、ここのシリーズに。