不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

内田光子 ピアノ・リサイタル

18時30分〜 サントリーホール

  1. シューベルト:ピアノ・ソナタ第19番ハ短調D958
  2. シューベルト:ピアノ・ソナタ第20番イ長調D959
  3. シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調D960

 開始時刻を19時からと勘違いしてしまい、D958は聴けず。コンサート・ゴーアーにとって平日は19時開始が普通、という常識を知り過ぎているのがあだになるとは……。
 というわけで聴けたのはD959とD960だけなのですが、個人的には終始ピンと来ないまま終わってしまいました。まず音の一つ一つはそれほど大事にせず、あるいは一音一音を絶対的に美しく弾き通すメカニカルを維持できなくなりシューベルトの深い歌謡性に耽溺するような表現が目立ちます。問題はそれが「目の前の音にのみ注力する」ように聞こえてしまい楽曲全体の構成感が特に第一楽章と第二楽章で希薄に感じられたことです。加えて、「目の前の音にのみ注力」しているのに音の一つ一つはさほど美しくないという矛盾した状態に陥っていたように思います。このため、最初から最後まで、悪い意味で、自分が何を聴いているのかよくわからない気分を拭えませんでした。おまけに、内田光子は強奏部を大ホールに鳴り渡れとばかり力を込めて弾いていたのですが、この部分でことごとく指の回りが鈍重になってしまってました。表現意欲が空回りしているようにしか聞こえず、いたたまれなかったことを告白しておきます。このためテンポの速い第三楽章・第四楽章も乗れないまま終わってしまいました。また音の強弱にかかわらず、細かい動きが最初から最後まで曖昧だったような。
 去年秋は(モーツァルトだったとはいえ)こんなことはなかったので、今日だけ調子が悪かったのでなければ、恐らくこの1年で内田光子が老化したのだとしか考えようがありません。そう言えば、演奏終了後の例の160度ぐらいのお辞儀も、去年ほどスムーズかつスピーディーにはおこなわれていませんでした。力を入れて弾いたら指の動きが悪くなるのであれば、力を入れて弾くのを止めるか力を弱める他、方法がないように愚考いたします。この現実を受け容れて新たな境地を築くことは必ずできるピアニストであることは論を待ちません。あとは、この過渡期がいつまで続くかということだと思います。
 あるいは、私の座った席が良くなかっただけかも知れませんですが、にしても今日は本当に乗れなかったなあ。なお客席は沸きに沸いてました。