不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ザールブリュッケン・カイザースラウテルン・ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団来日公演(東京1日目)

19時〜 東京オペラシティコンサートホール

  1. モーツァルト交響曲第41番ハ長調K.551《ジュピター》
  2. ブルックナ:交響曲第4番変ホ長調《ロマンティック》

 スクロヴァチェフスキは人気指揮者のはずですが、意外と客が少ない。8割ぐらいしか入ってなかったんじゃないかしら。まあ同日にサントリーホールではウィーン・フィルの来日最終公演が、東京文化会館では東日本大震災に事寄せてギエムのボレロがあったからなあ……。客を吸い取られたのかもね。あと、スクロヴァチェフスキは、近年まで読売日本交響楽団の常任だったし、NHK交響楽団にも客演するため、ザールブリュッケンカイザースラウテルン・ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団*1の今回の来日公演よりも安価なコンサートで聴ける*2。ただしその分客層が良かったのも事実。演奏中はかなり静寂が保たれ集中力も高く、ブル4はもちろん前半の《ジュピター》ですら、指揮者が手を下ろしきるまで拍手が始まりませんでした。演奏者は弾いていて心地よかったんじゃないでしょうか。
 演奏内容も素晴らしい、まず前半の《ジュピター》からスクロヴァ節全開。とにかく一瞬たりとも「流す」部分がなく、コントロールが鬼のように微細。細かい所まで神経が行き届いている上に、意外なパートがクリアに聞こえる瞬間が多発――どころか恒常的に続く。そして部分的には独特な抑揚も付けられて、耳が全く油断できない。全体の雰囲気はとてつもなくザッハリヒカイトで、このよく知られた曲が、奇天烈な姿で眼前に立ち現れました。特にフィナーレのフーガは、随所でギョッとさせられましたよ。テンポも快速、弦はビブラート抑え気味と、とても88歳の人間の指揮とは思われません。
 後半のブルックナーも集中力の高い、異様なまでに細かい演奏。バランスや抑揚に関して随所で変なことやってるのもモーツァルトと同じ。録音でもそうですが、実演だとよりはっきりとわかりますね。しかし全体の流れはちゃんと付けられている。一番マトモというか変なことやってなかったのが第二楽章で、ここはチェロが物凄くロマンティックに主題を弾いて始まり、その後もサウンド構造はクリアに示されつつ、ソフトな雰囲気すら感じさせる演奏が続いてました。でもこれ、多分全部計算してやってるんだろうなあ。なおフィナーレでは楽譜にないシンバルを弱く叩かせてました。
 指揮者は注力したいパートの方を向いて指揮するのが普通だと思いますし、事実スクロヴァチェフスキもそうなんですが、この人の場合、向いていないパートも鬼のようにクリアに聞こえて、抑揚もしっかり付けており、完璧に制御下に置いているのがありありとわかります。リハーサルが凄いんだろうなあ。本日は割と至近距離で聞いたんですが、圧倒されました。なお彼の場合は、本番でもちゃんと指揮してます。指揮者が呆けてくると、リハーサルで全てを教え切って、後はオケに合わせて、あるいは当初予定通りの振付けで指揮棒振ってるだけ、という状況にもなりかねんのですが、スクロヴァは88歳にして本当に実演でも実のある指示を飛ばしまくってます。驚かされたのは《ジュピター》の第三楽章終了後、フィナーレの前に、隣り合って座っていたファゴットとホルンに、もっと近付いて座れと指示を出していたこと。咄嗟にこんな微調整までするんだから、本番でもちゃんとオケの音を聴き、微調整の支持出しまくってるんだろうなあ。先ほど「向いていないパートも完璧に制御している」と書きましたが、これはひょっとすると違っていて、「更に調整したいパートに向かって指示を出している」のかも知れない。
 オーケストラも好演。このオケの前身の一つ、ザールブリュッケン放送響は2003年と2006年にスクロヴァと来日していますが、その際はあんまり上手くないオケだと言われてました。だが今日は、確かに弦は在京オケの上位よりは下かもと思いましたが全然下手じゃない(スクロヴァの音楽作りが異様に細かい点も考慮する必要があります)し、管楽器は明らかに在京オケ以上。特にブル4での首席ホルンは神プレイでした。難所を上手く弾けたら演奏中でもドヤ顔する人が多いとか、そういう素朴さはありますが、今日の曲目だとこれは別に悪いことじゃないしね。何より皆さんやる気に満ち溢れていて、ブル4のフィナーレでは、スクロヴァの解釈が随所のエレメントを強調するものだったこともあって、テンションMAXの強烈な演奏になっておりました。
 沸きに沸く客席に応えて、一般参賀は2回。1度目はホルン首席を伴って、2度目はコンマスト手を携えて登場。さすがに足が弱って来た模様ですが、普通のスピードでの自力歩行が出来てるし、ずっと立って指揮してる(しかも舞台袖に下がった後も座ったりせず、そのまま答礼に出て来ていた様子)わけで、プレヴィンよりは明らかに元気そう。音楽も、円熟や枯淡とは程遠いサイケデリックなもの。いつまでもお元気で。お疲れだろうから、サイン会なんてしなくてもいいのよ?

*1:長過ぎる! これは、ザールブリュッケン放送響とカイザースラウテルンSWR放送管弦楽団が統合されて出来たオーケストラだからである。名称の趣旨は三井住友銀行などと同様ですが、にしても長い。どう略称付けたら良いかも、わからない。

*2:ただし今年のN響客演は第九であるため、チケット代は今回とほぼ同じ。こっちはオペラシティで向こうは代々木公園近くのダストボックス(一日だけサントリーホール)。どっちが適価かは言わなくてもわかるな?