不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

WEEKEND PIANO SERIES ブルーノ=レオナルド・ゲルバー

15時〜 所沢ミューズ アークホール

  1. ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調op.27-2《月光》
  2. ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第21番ハ長調op.53《ヴァルトシュタイン》
  3. ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番ハ短調op.12《悲愴》
  4. ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調op.57《熱情》
  • ブルーノ=レオナルド・ゲルバー(ピアノ)

 ゲルバーは一つの世界を持っているピアニストだと思う。楽曲の真髄をがっちりと掴んだ上で、それを強靭な音とグランド・マナーをもって、おおらかに、しかし深い呼吸をもって再現・再生し語り下ろしていく。個人的にピアノ・ソナタは原則として音による構造体だと捉えているんですが、ゲルバーはかなり「物語」っぽい弾き方をしていて、高尚あるいは知的な雰囲気は希薄で、もっと平易なイメージで曲が再生されて行く。圧巻だったのは《月光》の第一楽章。下手をするとムード音楽になっちゃう楽章ですが、ゲルバーはこれを正面からムード音楽として弾いていたように思います。純音楽的とか格調高くとかはあんまり考えていない。でも呼吸が深くタッチも重いので、何とも言えない凄みを同時に湛えているのです。これは完全に独自の世界だなあと痛感した次第。op.53とか、先週のアンスネスとは本当に全く違う音楽になってました。
 速いパッセージでは明らかに指が回っていないし、跳躍時にズレが散見されるなど、技術的な問題はかなり生じており、さすがに老いを感じさせました(確か1941年生まれなんでもう70歳です)。全盛期ならここはもっと強烈な突進になったんだろうなあ……と虚しく舞台上の彼を眺めてしまう瞬間もままありましたが、轟音をもって豪快に盛り上げて行くゲルバーの音楽は、今でもまだまだ、聴き手を圧倒する力を残しています。超名曲プログラムだったのも、成功の一因だったんじゃないでしょうか。これぐらい有名な曲だと、「物語性」を聴き手も見出しやすいですからね。
 ところで、この芸風だとベートーヴェンの中期までは対応できるでしょうが、29番以降をどう処理するかは謎です。一度聴いてみたいと思いますが、この指の回りでは醜態晒すだけかも知れません。