不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

レイフ・オヴェ・アンスネス ピアノ・リサイタル

19時〜 東京オペラシティ コンサートホール

  1. ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第21番ハ長調op.53《ワルトシュタイン》
  2. ブラームス:バラード集op.10
  3. ショパン:バラード第3番変イ長調op.47
  4. ショパン:ワルツ第13番変ニ長調op.70-3
  5. ショパン:ワルツ第7番嬰ハ短調op.64-2
  6. ショパン:ワルツ第11番変ト長調op.70-1
  7. ショパン:ワルツ第5番変イ長調op.42
  8. ショパン夜想曲第17番ロ長調op.62-1
  9. ショパン:バラード第1番ト短調op.23
  10. (アンコール)ショパン前奏曲変イ長調op.28-17
  11. (アンコール)グリーグ:抒情小曲集第5集op.54-2《ノルウェーの農民行進曲》
  12. (アンコール)グリーグ:抒情小曲集第3集op.43-6《春に寄す》

 透明で真っ当で真摯。それがアンスネスのピアニズムだが、当夜は――というよりも、これまでの演奏を聴いても私がハッキリ理解できていなかっただけなのだろうが――スケールの豊かさとある種の威厳が備わっていた。どこまでも丁寧に、温かく、しかし圧倒的に気品高く威風堂々と弾かれる楽曲の数々は、素のままの姿であるにもかかわらず聴き手を柔らかく包み込む。あるいは仰ぎ見るかのような素の威容を見せる。
 この手法が決定的に成功していたのは前半である。ベートーヴェンブラームスという、グランド・ピアノのために書かれたド直球のドイツ音楽には、圧倒的な感銘を受けた。後半のショパンは、所謂ショパンらしさを完全に無視して先入観なしで楽譜を読解しての、徹底的に純音楽的な解釈で一貫していた。バラードは、地に足のついたスケールの大きい演奏に感銘を受けながらも、どこか物足りなかったのは事実。もうちょっと作為的な味付けがあっても良いと思ったわけです。しかしワルツと夜想曲は意外にも大変素晴らしく、100%満足いたしました。理由は色々考えられますが、恐らく「小品」というイメージすら捨てての演奏で、これまたスケールが大きかったからだと思われます。そういやワルツでは、リズムそんなに強調せずメロディラインの横の流れとその交錯に焦点を当てていたな。
 アンコールのグリーグが本日の白眉。《農民行進曲》は、デッドにして遠いNHKホールとは全く違う、豊かな残響の良いホールで近い音でこれをまた聴けるという願ってもない僥倖に恵まれました。弱音部の方が魅力的だったように思います。そして《春に寄す》! 感傷すら排された、か細き純な祈りに胸打たれました。充実した演奏会であったと言えましょう。でも次回はできるだけショパンは避けて欲しいような……。