不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

曽根麻矢子 クープラン&ラモー クラヴサン作品全曲シリーズ第3回

上野学園エオリアンホール 14時〜

  1. F.クープラン:≪クラブサン曲集≫第2巻から第12オルドル ホ長調ホ短調
  2. ラモー:アルマンド−クラント−サラバンド ホ短調
  3. F.クープラン:≪クラブサン曲集≫第1巻から第1オルドル ト長調イ短調
  4. (アンコール)リュリ:アティスの心地よい夢(ダングルベール編)

 1回と2回には行ってないので、今日がこのシリーズ初聴き。というか、曽根麻矢子の実演に接するのも初めてだし、上野学園に足を踏み入れるのも初めてであった。上野のすぐ近くですが、完全に「台東区の裏道」って感じのところに忽然と真新しいスマートな建物が姿を現すんでそれなりに楽しい。
 閑話休題
 演奏は極めて良かった。100席程度しかない上に間口も小さいホール、しかも奏者から至近距離で聴いたことも影響しているのかも知れないが、リズム感とテンポ感が極めて強靭で音も力強く、加えて声部の絡みが極めて荘重かつ分厚く料理されていた。特に前半は歯応えたっぷりで、暗く熱く、そして厚い曲想に圧倒された。「作曲家が自己表現を能動的に開始したのはベートーヴェン以降」とかなり素朴な歴史観を持っていたんですが、ラモーにせよクープランにせよ、ベルサイユ宮殿のみやびな雰囲気作りあるは王侯貴族の息抜き、というだけでは説明のつかないもっと真剣で深刻な何かを抱えている――どころか表面に噴出している音楽になっていたように思われた。CDで聴いてるだけだと「いやあ楽しげor物憂げですなあ」などと、かるーく捉えていたんですが、実演だとそんなレベルには止まってないですね完全に。これはちょっと衝撃的でした。
 一方、後半の第1オルドルは、曲の持つ重量そのものが違うこともあって、前半とは趣が異なり、重さが減り華麗さが増したように思われる。とはいえ、《アルマンド》に描写されているっぽい老いた太陽王の憂鬱、あるいは《サン・ジェルマン・アン・レの楽しみ》におけるタイトルに反した暗い空気感などに、シリアスな要素が垣間見れて面白かった。なお、アンコール前に曽根自身の言及によると、どうやらクープランクラヴサン曲がオルドル単位で通し演奏されるのはなかなかない機会だそうです(それともこれは第1オルドルでは、ってことかしら? 「自分で弾くのも聴くのも初めてです」と仰ってました)。確かにリサイタル等では、オムニバス的に弾かれますよねえ。いやチェンバロのリサイタル、あんまり行ってないけれど。
 演奏前の絵画の解説は、ppt映写付でそれなりに面白かった(男女の親密さの表現がなかなか興味深い)けれど、会場のライトを落とすとセッティング済みの楽器の調律が狂う(!)とかで、灯りを付けたままの見づらい映写になったのはお気の毒でした。