不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

読売日本交響楽団第506回定期演奏会

19時〜 サントリーホール

  1. ヒンデミット:《さまよえるオランダ人》への序曲 〜下手くそな宮廷楽団が朝7時に湯治場で初見をした〜(下野竜也編)
  2. ヒンデミット管弦楽のための協奏曲op.38
  3. ブルックナー交響曲第4番変ホ長調WAB.104《ロマンティック》(ハース版)

 プロのオーケストラの定期演奏会(しかも後半はブルックナー!)に行ったら、いきなり小芝居から始まった。なかなか愉快。
 オルガンの前にはでかいアナログ式時計と、「読響温泉」という木目の立て看板。よく見ると黒子も後ろにいる。舞台上には、次プロのオケコン用の椅子や譜面立てそして打楽器が置かれている中、指揮台はなく代わりにプラスチック製の風呂桶6個がピラミッド状に積まれている。そこに上着を脱ぎ(中には「ゆ」と書かれた法被を着ている人も)、楽器の他にタオルや新聞、団扇を持った弦楽器奏者たちが、ぺらぺら喋りながら登場。既に「午前7時に温泉場で初見演奏する」という小芝居に入っている。演奏後にメモり忘れたし既に記憶が定かじゃないんですが、弦は6−4−4−2−2だったかな。そこに下野竜也が「おっはよーございまーす!」と登場、「これやりましょう。初見だよ」などと喋りながら楽譜を配って、不協和音たっぷりのチューニングをした後演奏開始。トッティが揃ったなかなか美しい演奏で、確かに調子外れではあるのだが、私にはただの引き締まった現音にしか聞こえませんでした。素晴らしい曲の素晴らしい演奏じゃないかと思ったわけですが、曲の趣旨からしてこれで良かったのかどうか。途中でチェロの一人がダンッと立ち上がり「こんなのもうやってられるかあ!」→団員「そうだそうだ」→下野「はい、じゃあいつものやろう」とワルツ部(当然《さまよえるオランダ人》序曲にこんな箇所ありません)に入るという場面がありました。これはこれで面白かったけれど、次第に曲が《さまよえるオランダ人》に戻って行くので、この芝居はちと不発気味のように思われた。演奏後は1回目のカーテンコールで「読響温泉」の看板が裏返って「読響は「下手クソ」ではありません」となりました。最後の最後までユーモラスにまとめたわけですが、カーテンコールすら生じないほど拍手時間が短かったらどうなっていたのかしら。
 続くヒンデミットのオケコンは、本日の白眉。当たり前ですがガラリと雰囲気が変わり、普通に真面目な定期演奏会に転じました。音符がとにかくちょこまか動き回る曲で、一番大人しいのは木管だけで奏でる第三楽章の行進曲という有様。音のシャワーを浴びている内に、あっという間に終わってしまった。大編成のオーケストラも好調で、ヒンデミットならではの乾いたユーモアを堪能させていただきました。いやー良い曲だ。実は本日が日本初演だった模様でびっくり。
 後半のブルックナーは、twitter上では賛否両論である模様。私自身はたいへん楽しく聴けたのですが、それは下野竜也の明快な構築とオーケストラの輝かしい音色に尽きます。各パートともはっきり目立たせる方向性が顕著で、ヴィオラもチェロもコントラも大健闘、金管はホルンが通常運転(音色、音像、ミスの数などの点ではそんなに悪くなかったけれど、第二楽章コーダで、ティンパニが素晴らしい音でリズム刻む中、その上に乗る首席ホルンが痛恨のミスを仕出かしたのは非常に残念)で、フィナーレでは途中でやや金管がへばっていたような気もしますが、総じて言えば大変見事な演奏であったように思います。金管木管も容赦なく音を出す辺り、朝比奈隆の薫陶を得ていた経歴が反映されているのかな。サウンドが全く濁っていなかったのは特筆されるべきで、下野の手腕に端倪すべからざるものがあったのは間違いない。からりと晴れ上がったブルックナー、私は好きです。
 ただし、スダーン&東響の《浄夜》、アラン・ギルバート&都響のブラ1といった至近の名演に比べると、パート間のバランスはともかくとして、パート内部の練磨が甘かった。また弦を中心にもう一段濃やかなニュアンス付けを施せたら、名指揮者の仲間入りを確実に果たしてくれることでしょう。そうなるのに時間はかからないと思いますが。
 客は概ね静かではあったものの、ブルックナーの第三楽章が終わった時に、1階席右側前方から「ブラボー」がかかっていた。まだ曲は終わってないんですが、あれは本当に第三楽章が素晴らしいと思ったのか、単に曲が終わったと勘違いしたのか(プログラムに四楽章構成だと書いているわけだから、ひょっとしてずっと寝てて今が何楽章かわかってなかったとかか?)、あまりそうだとは思いたくないけれど日テレの収録が入っていたので自分の声を記録に残したかったのか……。そのエリアからは、本当に全曲が終わった後に「ブラボー」が出ていなかったので、更に謎は深まるわけです。まあ指揮者が棒を下ろしてからだったので、そこまで実害はなかったのが幸いですが、わけがわからない。