不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ロシア国立交響楽団ジャパン・ツアー(東京公演4日目)

14時〜 サントリーホール

  1. グラズノフ:バレエ《ライモンダ》より3つの小品
  2. ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第1番変ホ長調op.107
  3. (アンコール)J.S.バッハ無伴奏チェロ組曲第3番ハ長調BWV1009より《サラバンド
  4. ラフマニノフ交響曲第2番ホ短調op.27
  5. (アンコ−ル)ラフマニノフ:ヴォカリーズ
  • アレクサンドル・ブズロフ(チェロ)
  • ロシア国立交響楽団管弦楽
  • マルク・ゴレンシテイン(指揮)

 ソ連崩壊後のモスクワのオーケストラの統合再編はその有無も含め情報が錯綜していてよくわかりません。各主催者好き勝手に喧伝するし、団体が同一でも奏者がゴロゴロ入れ替わっているしなあ……。主催者のTBSは、ロシア国立交響楽団を「スヴェトラーノフのオーケストラだった」と主張しております。まあそれを疑う材料は私は持ち合せておりません。ただし団員は若いのが多かったので、メンバーは当時とは全く違うと考えて良い感じでした。
 さて今回の彼らのツアーは、音楽監督ゴレンシテイン(オデッサ生まれ。主催者TBSは何故か「ゴレンシュタイン」とドイツ語読み)と共に、首席客演指揮者の西本智実も付いて来て、公演回数は西本が振る日の方が多いし、広告等でも前面に立つのは西本という状況です。まあTBSはクラシック音楽の主催者としてはいつも「そんな感じ」のところなんで今更期待も何もしません。亀田兄弟を熱烈に推すような会社だから、それに比べたら遥かにマトモとも言えましょう。それにゴレンシテインが振る日が用意されているだけマシ。そもそもそれを言い出したら、震災後フル編成のオーケストラが来日したのはロシア国立交響楽団が初なのだから、本当にありがたいことです。ゴレンシテイン曰く「真実の友は、最も辛く困難な時にこそ、何か力になれないかと駆けつけなければなりません」。泣けて来ます。まあゴレンシテインの言葉が真ならば、本来は今日のソリストだったはずが急遽来日をキャンセルしたアレクサンドル・クニャーゼフは真実の友ではなかったということになるわけですが、まあそれは言っても詮ないこと。
 さて演奏ですが、オーケストラの状態がとにかく良い。雛壇を一切作らず、弦の後方プルトだろうが木管だろうが金管だろうが打楽器だろうが真っ平らな舞台の上に広がってましたが、そのオーケストラから沸き上がる音は、明晰でありつつ陰影にも富んだ色彩感豊かなもので、素直に感心いたしました。その見事な音で《ライモンダ》をニュアンス豊かに再現。各情景が目の前に浮かび上がるような鮮明な演奏で、なるほどこれはバレエの付随音楽だわと納得させる力が強い。続くショスタコーヴィチでもオケの仕上がりは見事でした。問題はソロ。いや別に悪くないしテクニックも上々なんですが、とにかく良くも悪くも普通の演奏で、ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番はまさしくこういう曲だよなあウンウン、でもそれだけですよね、という感じだったのである。アンコールのバッハも同様というか、バッハのこの曲が特殊な感慨(チェロの聖典という教科書的感慨のみならず、「俺は教科書に反抗するね」的な、既成概念をぶち壊す感慨も含む)抜きに、あまりにも普通に音符を鳴らしているのを見て、ああこの人はそういうチェリストなんだそりゃあショスタコーヴィチもこうなるわな、と痛く納得した次第。
 後半のラフマニノフは、真の名演。テンポ設定も抑揚等も全て常識の範疇なんですが、細部に至るまで意を注ぎ精魂込めて練り上げているのがはっきりわかる演奏で、ちょっとしたフレーズ、拍の刻み、相の手、内声部など、あらゆる所に血が通っている。「何の気なしに流される」部分は本当に皆無でした。第一楽章から全開でロシア的なメロディラインの盛衰を堪能できたし、スケルツォにおける短調楽想の突進力も最高、ゴレンシテインが指揮棒なしに振った第三楽章なんて、出から本当にはっとするほど音色変わっていて、その後の憂愁に満ちた表現も素晴らしい。同楽章終盤の分厚い総奏には本当にグッと来たなあ。そして長調のフィナーレは、怒涛のような表現で一気に聴かせました。先生あたしもうお腹いっぱいです。でも過剰に脂っこくはないので、聴き疲れもしない。この曲、似たような楽想が繰り返されるので、演奏によってはダレるんですが、この日の演奏はそんな気配など皆無で、そもそもそのメロディラインも微妙に形を変えていること、楽器編成も微妙に変わっていることなどをきっちり示しつつ、横の流れも最上級にスムーズ。ゴレンシテインのスコアリーディングが半端なく深いんだろうなあ……。そういや振りもえらく細かかった。
 アンコールは「大震災ノ被災者ニ捧ゲマス」とメモ片手のゴレンシテインが日本語で挨拶した後、ラフマニノフの《ヴォカリーズ》が幽玄に奏でられました。本プロ終わった時点で16時15分近く、終わってみれば16時30分近くと、かなり長丁場の演奏会になりましたが、充実しきっていて素晴らしかったです。正直そこまで期待していたわけじゃないので、嬉しい驚きでした。良い指揮者と良いオーケストラの組み合わせ、管弦楽を聴く醍醐味ここにあり。