不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ポール・ルイス シューベルト・チクルスVol.1

19時〜 王子ホール

  1. シューベルト:ピアノ・ソナタ第15番ハ長調D840
  2. シューベルト:3つのピアノ曲D946
  3. シューベルト:ピアノ・ソナタ第16番ニ長調D850
  4. (アンコール)シューベルトハンガリーのメロディ ロ短調D817

 ブレンデルに師事したというイギリス人ピアニスト、ポール・ルイスが東京で二年かけて5回、後期シューベルトのリサイタルを開くというので行ってみた。ただしご存じのとおり、現在の日本の状況が状況なので、本当に開催されるかどうかここ一カ月ほど気を揉んでいたのだが、ポール・ルイスは来てくれた。さも当然のような顔をして。感謝申し上げたい。
 演奏内容もまずは充実。特に前半は素晴らしく、D840における深々とした歌謡性、一転してD946におけるリズム感が過不足なく、衒いなく、そして一切の虚飾を排して提示される。人を圧倒するような凄みは正直なかったが、等身大のシューベルトをしっかり描き出していた(それにしても、「等身大」であることは間違いないのに、この深さ! やはりシューベルトは特殊な作曲家だと思う。素晴らしい)。ただし後半のD850は、パッショネートの表出が直線的になりがちというポール・ルイスの特性が裏目に出て、若干元気になり過ぎたのは残念。個人的にはもっと朧ろな、逍遥するような風情があっても良かったと思われた。いやまあD850は曲想がそうなってないんで仕方ないっちゃあ仕方ないんですが。タッチもそこまでクリアではなく、もこもこしているので、余計にそう感じられたのでしょう。とはいえ第二楽章辺りは流石、他の楽章もリズムの処理が十全。メロデイアスな箇所で、か細く歌わせるといった策を弄さず、しっかり歌わせていたのも見識でした。個人的にはもうちょっとソフトな演奏が好みなんですが、情緒に耽溺せず、構成的な一楽曲として正攻法で挑んでいるのには好感が持てるしこれはこれでかなりの完成度であることは認めざるを得ない。激しさより歌謡性を重視した曲が増えて来る次回以降にも期待したいと思います。
 ところで、D850が終わった途端に中央前方左側に座っていた三十代男女が拍手もせずにいそいそと立ち上がり、女性の方は脇目も振らず不機嫌そうに会場中央を突っ切って扉開けて退出、男性の方は会場中央の通路に差し掛かった際、舞台に戻って来たポール・ルイスに向かってはっきりわかるように大きく腕を振ってから親指を下に向けたように見えたんですが、気のせいかしら*1。後ろから見ていたんではっきり見えてないんですが……。まあ時局がどうあろうと、そして会場がどう反応していようと、自分が不満だったらこれぐらいはやっても問題にはならないと思います(やり口が下品とは思いますが)が、しかし一体何が彼と恐らく彼女をもキレさせたのか、一度伺ってみたいと思います。

*1:これ書いた後、音楽記者の池田卓夫さんもtwitterで呟いてました。やはり本当にやってたっぽいです。