不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

東京交響楽団第588回定期演奏会

18時〜 サントリーホール

  1. シェーンベルク:室内交響曲第1番ホ長調op.9b(オーケストラ版)
  2. モーツァルトクラリネット協奏曲イ長調K622
  3. (アンコール)モーツァルトクラリネット協奏曲イ長調K622より第二楽章
  4. ラヴェルボレロ

 東響にとって、今回が今シーズン初回の定期演奏会。このオーケストラは本拠地にして練習場のミューザ川崎の天井が全面的に崩落してしまい、現在本拠地がない状態にある。にまた先月の昨シーズン最後の定期演奏会では、音楽監督ユベール・スダーンが来日を避けてしまったので小林研一郎が代役で登場したという経緯を持つ。
 ミューザ川崎は2004年開館で、首都圏においては最も新しい大コンサートホールであった。しかし他のホールは大した被害がないのに、ここが「客がいたら最低でも数名は確実に死んでいたはず」というレベルの被害に遭っているのは実に不可解である。写真を見る限り九段会館よりも酷い状況だ。世界トップクラスの素晴らしい音響だとして演奏家の評判も上々であったが、耐震面を全面的に見直す必要があり、元のサウンドを「復旧」することは事実上不可能であろう。東響は音の良いミューザで練習すること、音楽監督スダーンの薫陶を受けることで、音響面に磨きをかけてきたわけだが、その基礎が揺らいでいるのである。前者は完全にアウトとなる可能性があり、(公式発表はないが)原発のせいで来れなかったのだから状況が収束しないと音楽監督不在が今後も継続する可能性が高い。というわけで心配していたのだが、今日出していた音を聴く限り、何とかなりそうではある。しかしそれでもなお、音楽は普通に聴くべきだし聴かれるべき。評価のかさ上げは厳に慎まねばなるまい。というわけで普通に行きます。
 本日の演奏会に関しては、プログラミングが素晴らしかった。シェーンベルクのエッジの立った楽曲を前半に持って来て、後半はプルトを減らしソロも音量勝負には出ずニュアンス勝負に賭けた馥郁たるモーツァルトを配し、最後は舞台いっぱいの大編成による《ボレロ》で盛り上がって終了。いずれの楽曲も特徴が全然違うわけだが、大友直人は変なことは良い意味で全くせずどの曲でも誠実に振る舞っていたので、曲から自然と特徴が出るという状況が現出。これは良い。それにしてもシェーンベルクの室内交響曲は素晴らしい曲ですね。実演で聴いたのは初めてですが、改めて感銘を受けました。東響は特に弦が頑張っていたかな。
 後半のモーツァルトは、ポール・メイエ万歳に尽きる。技術面はもちろんのこと、微細なニュアンス付けもほぼ完璧の域。この時期に来てくれるだけでもありがたいのに、こんな演奏をされてしまったら感動するしかないではないか。なお協奏曲が終わったところで今回の被害に関して英語で若干スピーチした後、第二楽章を祈りの意味でもう一度演奏。心痛を表出する追悼ではなく優しき慰安という趣が強く、これはこれでグッジョブ。オーケストラは第一楽章のふわりとした表情付けが見事だったが、フィナーレではソロにやや位負け(仕方ないこととはいえ)。
 最後の《ボレロ》は14分台の速めの演奏。リズムを刻む奏者たちがもう一段正確なアンサンブルを聴かせてくれたら良かったのだが、満足できる出来上がりではあるので厳しくは追及しません。各ソロは無難な仕上がりでしたが、ボーンは音を外していたな。あとリーゼントで固めた兄ちゃん(たぶんゲスト奏者)が吹いていたサクソフォンは、「全曲が一つのクレッシェンド」という曲の性格を無視した音量でノリノリで吹いており、面白かった。ジャズ系の方かしら。大友直人は邪魔を一切しませんが、ハーモニーが分厚くなって来ても音が濁らなかったのは確実に彼の功績だと思います。というかシェーンベルクでもそうだったな。
 壊れたものは仕方ない。原発で来ない音楽監督も仕方ない。この演奏ができるなら東響はまだ大丈夫。既に長年スポンサーを務めていたすかいらーく地震前から経営難で手を引いており、財政面では結構大変そう(今日配られたプログラム冊子が去年までと比べて小さいこと!)だが、音楽がある限りまだまだ大丈夫だろう。タイトルホルダーの日本人指揮者陣、そして有徳の外来演奏家と共に、頑張っていただきたい。