不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

エレーヌ・グリモー ピアノ・リサイタル(横浜公演)

15時〜 神奈川県立音楽堂

  1. モーツァルト:ピアノ・ソナタ第8番イ短調K.310
  2. ベルク:ピアノ・ソナタOp.1
  3. リスト:ピアノ・ソナタロ短調
  4. バルトークルーマニア民族舞曲
  5. (アンコール)グルック(ズガンバーティ編曲):「精霊の踊り」から「メロディ」
  6. (アンコール)ショパン:3つの新練習曲からヘ短調

 人気ピアニストの一人に数えられるグリモー(1969年〜)だが、かなりの美人さんゆえ売られ方がどうもアレで、さてはて実演ではどうなのかと1割ぐらい不安に思いながら会場に向かう。なお当日は同ホールの他の公演のチケット発売日であったため、早めに行ってそれをゲットした後、隣接の県立青少年センターの喫茶室で読書しながら開場を待ったわけである。
 結論から言えば、私の心配は杞憂に終わった。録音同様、かなり硬派なピアニストで、タッチがほぼ常に硬質。堅牢に組み上げられた楽曲解釈をベースとしており、ルバート等々の意図的な揺れや崩しはほとんどなく、一気呵成に楽想を攻め上げるスタイルであった。ゆえに美しいメロディーに耽溺するような興趣は希薄で、かつカチカチきっぱり演奏していくため、愛惜おくあたわず、みたいなエモーションは概ねカットされている。ただし機械的に弾いているわけではなく、カッとした情熱を持って楽曲に没入するような演奏をおこなっていた(暗譜で弾いている曲では唸ったり呟いたりしながら弾いており、アラ意外と憑依系かなどと思われたことである)。そしてこれは実演でないと確認できない事項だが、出す音が結構でかい。重低音を重視している感もあり、座席数1,100とやや小さめの県立音楽堂においては、ほとんど圧倒的に楽曲を響き渡らせていた。
 正直申し上げて、このスタイルは最初のモーツァルトには適合していなかったように思われた。短調ソナタであることも意識してか、力感満点のかなり劇的な演奏を志向していた模様だが、やや一本気に聴こえ、やる気はわかるがどうにも退屈。もうちょっと柔らかい側面を強めれば、結果は随分違っただろう。しかし続くベルク以降は文句なし。個人的には、リストはもっと内声を表面に出すスタイルが好みであるが、どす黒い情念は十二分に出いてたので、批判をすべきような筋はないものと考える。リズミカルなバルトーク、情熱的なベルクもそれぞれに素晴らしかった。グリモーの力強くも線がくっきりした演奏は、古典派よりも、中期以降のロマン派ならびに独墺そしてスラブ系、ハンガリー系の近現代音楽によく似合うと思われたのである。
 アンコールも同じであった。曲目の並びからして、最後のバルトークがアンコール代わりの位置にあり、やや蛇足気味であったかもしれない。ゆったりひたらせてくれない力強い演奏は、特にグルックには似合っていなかったように思うが、ショパンともども悪い演奏ではなく、演奏会に対する印象に悪影響を及ぼすようなものではなかった。
 というわけで、グリモーの才能を目の当たりにし、正直少し驚き、かつ嬉しく思った演奏会が今年最初のそれになったのは喜ぶべきことだと思いました。というわけで、かなり遅めですが今年もよろしく。