不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ウィーン・フィルハーモニー ウィーク イン ジャパン 2010(東京3日目・最終日)

19時〜 サントリーホール

  1. シューベルト交響曲第2番変ロ長調D125
  2. ベートーヴェン交響曲第3番変ホ長調op. 55「英雄」
  3. (アンコール)ブラームスハンガリー舞曲第1番ト短調
  4. (アンコール)ヨハン・シュトラウス2世:トリッチ・トラッチ・ポルカop.214

 オケの音が昨日とはまるで別物で、豪快にして柔軟で、エネルギーが四方八方に放射される活きの良いサウンドが出ていた。出番がない時も首や身体を揺らしてリズム取っている奏者も散見されたように、楽団員はノリノリ。これでシューベルトの初期交響曲と、ピリオド・スタイルを採らない《エロイカ*1なのだから、悪かろうはずがない。
 その素晴らしいサウンドを引き出したのは、御歳86のプレートルである*2シューベルトベートーヴェンも、随所でテンポを変化させる独特の表現が見られましたが、オケの自発性に重きを置いた指揮ぶりで、彼自身は出の合図に重点を置き*3、あまり腕を動かしていない。ほとんど動かずニコニコとオケを眺めているだけの場面さえあった。メストが全部自分で振ろうとしていたのとは対照的である。これはどちらが良い悪いの話ではないけれど、天を駆けるような勢いある演奏が出来ていたという今日の結果から見れば、プレートルの年季勝ちと言わざるを得ない。ただし顔芸は非常に細かく、笑ったりしかめ面したりおどけたりと、とにかく茶目っ気たっぷり。音楽をウィーン・フィルとやるのが楽しくて仕方ないと言わんばかりの指揮ぶりで、客席から見ているだけでも実に楽しい。オーケストラも喜んで弾いているように感じました。「振らないでオケに任せる」のは、ニューイヤー・コンサートでだけの事象かと思っていましたが、どうやらプレートル、普段から同じことやっていた模様です。
 シューベルトベートーヴェン共に、ウィーンで活躍した作曲家。ウィーン・フィルが最も得意としなければならないレパートリーなわけですが、それでテンション高くこういう演奏展開されちゃうと、同じ方向性では誰も勝てないと言わざるを得ないな。個人的に印象に残ったのは、シューベルトの第二楽章で愛らしく奏でられたシンプルなメロディライン、第三楽章とフィナーレでの心まで弾む魅惑的なリズム、ベートーヴェンの第三楽章トリオでの呆然とするしかないぐらい輝かしく柔らかかったホルン、そしてプレートルの濃厚な表情付けが曲想に見事な隈取りを付けていたフィナーレ辺りですな。これらが全部、生気溌剌と演奏されたのだ。そりゃ感動もしますし客席も沸きます。
 アンコール二曲は羽目をさらに外して大暴れ。でも絶対に汚い音にはならなかった。思えばここまで本気なウィーン・フィルは初めて聴いたかもな。メカニック面では彼らを上回るオケはいくらでもあるでしょうが、確かにこのサウンドは間違いなく世界一の一角だと確信した次第であります。
 最後はプレートルに2回の一般参賀。指揮台周辺までは出て来なかった辺り、やはり楽団員がいない=周りに人がいない状況で、一人で段差を超えるのはキツいし危ないと自分でも認識しているんだなということで年齢を感じさせましたが、客席に盛んに投げキスしていてお茶目でした。こういう爺様には長生きしていただきたい。いずれにせよ、たいへん素晴らしいものを聴かせてもらいました。色々あった今回の日本公演、最後は老巨匠がばっちり決めてくれたわけです。

*1:テンポこそ速めでしたが、ビブラートはもちろん、第一楽章コーダもトランペットのままで最高音に到達するなど、旧スタイルのそれでした

*2:指揮台に背もたれもなく、背筋も普通に伸びている。歩く姿も段差がある所以外では至って普通。顔の表情も豊か。いやあ元気ですなあ。

*3:振り遅れが散見されたのはご愛敬。でもオケは全く戸惑ってなかったな。