不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ヴッパータール交響楽団来日公演(横浜公演)

14時〜 みなとみらいホール

  1. ワーグナー:序曲《ファウスト
  2. ワーグナージークフリート牧歌
  3. ワーグナー:ワルハラ城への神々の入城
  4. ワーグナーワルキューレの騎行
  5. ワーグナー:ヴォータンの告別と魔の炎
  6. ワーグナー:森のささやき
  7. ワーグナージークフリートのラインへの旅
  8. ワーグナージークフリートの死と葬送行進曲
  9. (アンコール)ベートーヴェン交響曲第3番変ホ長調op.55《英雄》より第二楽章

 極めて個性的と評判の上岡敏之を初めて聴く。その評判に嘘はなく、トンデモすれすれの、オリジナリティの高い演奏が繰り広げられていた。
 普通ワーグナーは割と騒々しい楽曲が多いと認識されがちだが、本日の上岡は、全ての曲をしじまと寄り添うように表現。音を整え、上品に、折り目正しく、しっとりと聴かせようとするのだが、その手並みがあまりにも静的もしくは滑らかであり、ワクワクドキドキ感(つまり弾み)があらかたカットされている。エッジもジークフリートの葬送行進曲を除けば、あのワルキューレの騎行ですらあまり立っていない。輪郭はあくまでなだらかに描かれ、各ライトモティーフも淡く明滅。パウゼも本当にパウゼでしかなく、次に出す音のための溜めが感じられず、その度に音楽が「停止」する。しかしこれらは意外やそれほど違和感がないもので、今まで聴いたことのないようなワーグナー像が眼前に立ち上がるのを見て、これはこれで見識であると唸らされた。
 それが最も成功していたのは《ジークフリート牧歌》だった。この作品によってもたらされる安らぎが「死」のそれに聞こえるのは、作曲経緯からすればやり過ぎだったかも知れないが、唯一無二の魅力を湛えていることは明らかであった。その一方で、《ファウスト》ではさすがにもう少し古典的なカチッとした隈取りがあって良いと思われたし、後半の《ニーベルングの指環》各種ハイライト場面集は、これを歌劇場でやられたら歌手も見てる方もたまらんなとは思った。しかし幸いにして今日は演奏会形式上演であり、70分程度付き合えば済むのだから、これはこれで楽しい経験となった。なおアンコールのベートーヴェンは、ワーグナーとは逆に、速めのテンポを採用して運動性を極端に強調するスタイル。これには全く感心しなかったが、何がどうなっても自分の音楽をやる、という心意気だけは買ってあげたい。
 なお今日は、鳴り止まない拍手に、一回退場したオーケストラの面々が二度も(!)舞台に戻って来た。割と珍しい事態であり、指揮者の個性的な表現を一々音化せねばならぬオーケストラにとって、大いにねぎらいとなったのではあるまいか。もうちょっと機能的に上手いオーケストラであったらな、という場面が散見されたのは事実ですが。