不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

スウェーデン放送交響楽団来日公演(東京2日目)

東京オペラシティコンサートホール 19時〜

  1. モーツァルト交響曲第40番ト短調K.550
  2. モーツァルト:レクイエムK.626(ジュスマイヤー版)

 これが世界というものか。
 オーケストラやピアノ、ヴァイオリン、チェロ、ホルンなどでは、「世界一である疑いがある」人々の実演にそれなりに接して来たため、少々のテクニックでは驚かない。しかし合唱団の世界トップクラスは当夜が初めてで、普段聴いている合唱団(多くが日本人)との余りの格差におったまげてしまった。生で合唱を聴く際は、今後しばらく、スウェーデン放送合唱団の幻影に悩まされるだろうなあ。

 というわけで具体的な感想。
 前半のト短調は、後半の合唱で結果的にすっかり霞んでしまったが、これもまたいい演奏であった。今時のスタイルの常で、編成は小さく、各楽器はノン・ヴィブラート。ハーディングはここに、強烈なアクセントと鋭角的なフレージング、そしてこれらを駆使した微妙な表情付けを敢行していた。さらさらと流される箇所は一瞬たりとも出て来ない。おまけにオケを煽る、煽る……。第一楽章では、誰でも知ってる優美なメロディーをバラバラにして、曲が内包するドラマトゥルギーを抉り出していた。第二楽章はさすがに少々落ち着いたが、基本スタイルは変わらないので横の流れに浸り切ることはできない。次から次に与えられる刺激に良い意味で翻弄される。うっとりしたい人には不向きなスタイルであるが、現在ではこれが主流なのかも知れない。なおテンポも相変わらず速めだった。
 というわけで、第一楽章と第二楽章は、「疾走するかなしみ」じゃなくて「吹き荒ぶ慟哭」。続く第三楽章も、メヌエットは非常に速くて、典雅な風情は吹き飛ばされていた。ここまで行くと完全にスケルツォですね。ベートーヴェン、そしてロマン派の萌芽はここにあったのか。トリオは常識的なテンポ設定で、隈取を付けていた。フィナーレのみやや遅めだったが、これは各楽想を力強く奏でさせんがためで、迫力は全く落ちていない。結局K.550では、第一楽章からフィナーレまで、終始ドラマティックに鳴らされていたと思う。
 全曲にわたり、オーケストラの鳴りも十分だった。随所にミスが散見され、機能性はそれほど高くないオーケストラ(注:世界一流比)だと思いましたが、ハーディングの音楽を積極的に弾き込んでいる姿勢が見て取れた。

 なおこの前半で、1階最前列で何らかのトラブルが。「最前列によくいる*1おじさん」として有名な人で、サスペンダー親爺じゃない方が、演奏中、床に何かをぶちまけていたようなのだが、それって、隣の黒いスーツ着た男性が演奏中に飲もうとしていたお茶*2か何かを強奪したんですか? (さすがに声は抑えてたけど)口論みたいな感じになってた。それが一度ならず二度もあって、いやはやどっちもよくやるなあと。ちなみにスウェーデン国営放送による録音が入ってた(よって舞台上にはマイクが林立)ので、一部始終はばっちり録音されているものと思われます。ここ以外は、前半・後半とも客席は概ね静寂を保っていたので、残念なことです。

 後半のレクイエムでは、オーケストラの編成が前半よりもさらに刈り込まれてました。合唱団は40名弱。この合唱団が素晴らしい。音色、声量、ディクション、デュナーミク、ハーモニー全てが極上。よって演奏のハイライトがことごとく「合唱が何か歌ってる箇所」になるのは致し方ない。正直、この合唱の前では、スウェーデン放送響も独唱者4名も「刺身のツマ」。とはいえ、管弦楽や独唱者が悪かったというわけではなく、特に男性独唱2名はたいへん素晴らしい歌唱を示していた。「刺身のツマ」になってしまったのは、専ら、合唱団があまりにもハイスペック過ぎたからだとお考えください。
 ただし音楽作りは完全にハーディングのもので、前半と同じく、高めのテンションと微細で刺激的な表情付けが特徴である。ただし鋭角的な挙措は少なくなり、しなやかさの方が前面に出ていた。キリエの最終音を弱く・柔らかく奏でさせていたのは非常に印象的。
欲を言えば、この合唱のハーモニーでもっと「うっとり」したかったとは思うが、死者を悼む場の「厳粛さ」を重視して、サウンドに淫するのは避けたということかな。あるいは、聴き手を夢見心地に誘うよりも、覚醒した状態でしっかり音楽を聴いて欲しいという意向の表れだろうか。いずれの場合も、見識ではあるため、文句はありません。

 最後の最後で、指揮者がまだ手を下ろしていないのにフライングで拍手が入ったのは残念です(残響は消えてましたが)。その際は指揮者が反応しないので、そのまま一旦拍手は消えて、10秒程度静寂が続いた後、ハーディングが脱力してから、本当の拍手が巻き起こりました。宗教曲の場合は、残響が消えた後も、すぐには拍手しない方がいいと思うな。我々日本人は大半が仏教徒なんだから、キリスト教がらみの題材がある曲は、キリスト教徒の反応を注視してもいいと思うんだ。それがいくら有名な曲であっても。

*1:常々疑問に思っているのだが、何であんな高確率で最前列ゲットできるのかしら。チョン・ミョンフンの演奏会の最前列中央に必ず現れては同行の女性と共に毎回スタンディング・オベーションする男性と同じく、謎と言う他ない。

*2:演奏中の飲み食いが言語道断であることは言うまでもない。