不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

フィラデルフィア管弦楽団来日公演(東京1日目)

サントリーホール 19時〜

  1. ストラヴィンスキー:バレエ『火の鳥』全曲
  2. ストラヴィンスキー:バレエ『春の祭典
  3. (アンコール)シベリウス:悲しきワルツ

 デュトワは2008年からフィラデルフィア管弦楽団の首席指揮者に就任しており、このツアーは日本への初お披露目ということになります。デュトワはここ7年間、宮崎国際音楽祭の芸術監督をやっていたんですが、25日は東京公演に先立って宮崎で公演をおこない、その芸術監督としての任期の最後を飾ったようです。
 本日は、その25日と同じプログラムを聴いて参りました。平日に少々無理をして行ったのは、デュトワがこのクラスのオーケストラと《春の祭典》をやるからに他なりません。日本においては恐らくこれが最後のチャンスじゃないでしょうか。というか、このクラスのオケで《春の祭典》が聴けるのであれば、指揮者が誰であっても、基本的には行く方向で検討するでしょう普通は。
 とはいえ、出来の予想がなかなか付きにくい。フィラデルフィア管は木質の柔らかいサウンドを保つオーケストラですが、デュトワはきりりと引き締まった音を引き出して楽曲全体はすっきりまとめるタイプ。これで《春の祭典》がどうなるかは、細かいところまでは予想が付きません。
そして迎えた当夜、最初の曲目は《火の鳥》。サロネンとロス・フィルで聴いてもいまいちピンと来なかったこの曲ですが、演奏が素晴らしかったのかそれとも当方の心境の変化か、今回は素直に楽しめました。先述のデュトワとスマートな指揮ぶりと、オケのふくよかなサウンドが相乗効果を生み出して、余裕綽々の華やかな演奏になってました。管楽器が各奏者とも非常にうまいし、歌い回しも見事なもの。アンサンブル面で見ても、弱音部が素晴らしいし、弦の響きは時々「あ、天国だ」モノ。かといってふわふわした演奏ではなく、デュトワが終始しっかりと手綱をさばいていたような気がします。よって全体としてはスマートで心地よい緊張感もありつつ、オーケストラの特性で「色」「質感」を盛り込んでいる感じ。もっとギリギリ締めた、ちと狂的な演奏が好きな向きもあるだろうけれど、私はこういうのも大好き。
 後半の《春の祭典》は、《火の鳥》の延長線上で繰り広げられてました。《火の鳥》ではあんまり目立ってなかったんですが、《春の祭典》は曲が曲だけに、オーケストラが楽曲に「歌心」をモリモリ盛り込んでいるのが手に取るようにわかって、非常に新鮮でした。いやそれだけこの曲が「普通の」レパートリーになったってことなのかも知れんけれど、全編細部に至るまで、良い意味で実にしとやかな雰囲気が感じられ、これにデュトワの怜悧な曲作りが意外に(?)マッチして、凄くチャーミングなんですが、迫力もたっぷりという、なかなか聴けない世界が現出していたように思います。この曲はバーバリズム云々の視点で語れることが多く、古い人はすぐ「ロック好きにもオススメ」とか言っちゃうんですが、生命の芽吹きの荒々しさのみならず、喜ばしさにも焦点を当てた今日の演奏を聴いて、「なるほど確かに《春》の音楽なんだな」と納得した次第です。
 締めはシベリウスの《悲しきワルツ》。生贄の踊りとその後の拍手喝采でヒートアップした客席をクールダウンする、心憎い選曲でありました。哀しみよりは流麗さを重視したスタイリッシュな演奏で、デュトワとこのオケらしい個性が出てましたね。(←これが俗に言う知ったかぶりです)
 というわけで大変見事な演奏だったのですが、客席には空席が目立ちました。全体では3割ぐらい空席で、1階席の両脇ブロックや2階RC・LCは酷いものだった。S席32,000円という価格設定のせいかとは思いますが、アメリカのオーケストラはツアーするのにもお金がかかることで有名で、しかもフィラデルフィア管弦楽団は、このクラスのオーケストラであるにもかかわらず、破産法の適用が取り沙汰されるぐらい経営状態が悪い。そういう中で、この価格設定は彼らとしては仕方のないところなんでしょう。でもこの客の入り。難しいよなあ。これ、突き詰めると「この市場世界で、音楽家の収入は高過ぎ。本来はもっと低所得でいいはず」ってことになっちゃうんだもんなあ。
 なお明日28日は、このコンビはアルゲリッチのピアノでラヴェルの協奏曲(両手の方)をやる予定でしたが、アルゲリッチは娘のお産に立ち会いたいということでキャンセル。代役にポゴレリチが立ち、曲もショパンの2番に変更されたようです。アルゲリッチらしい奔放な理由でのキャンセルですが、彼女目当てにチケット買っていた人の心中はいかばかりか。また、振り回された形の梶本音楽事務所と、デュトワフィラデルフィア管弦楽団の関係各位にも、お見舞い申し上げる次第です。
 さてデュトワフィラデルフィア管弦楽団は離日後、韓国・中国に入って、最後は上海万博で演奏をおこなう由。1970年の大阪万博の際には、世界的な指揮者とオーケストラが来日して大阪と東京で公演しました*1が、それと同じことが起きているということでしょう。中国が日本を越える音楽需要国になるのも時間の問題、ならば日本を無視して中国にしか行かない演奏家も増えることでしょう。あるいは、日本だったら東京にしか来ないとか。現実と将来は厳しいのう。

*1:セル指揮クリーヴランド管弦楽団が含まれてましたし、死ななければバルビローリ指揮ハレ管弦楽団も来ていた!