アンジェラ・ヒューイット ピアノ・リサイタル
- ヘンデル:組曲第2番ヘ長調HWV427
- ハイドン:ピアノソナタ第52番変ホ長調Hob.XVI52
- ベートーヴェン:ピアノソナタ第6番ヘ長調op.10-2
- ブラームス:ピアノソナタ第3番ヘ短調op.5
- (アンコール)J・S・バッハ:《目覚めよ、と呼ぶ声あり》(カンタータBWV140より、ケンプ編)
- (アンコール)J・S・バッハ:《羊は安らかに草をはみ》(カンタータBWV208より、ハウ編)
- アンジェラ・ヒューイット(ピアノ)
バッハ演奏で名声を獲得したヒューイットが、日本公演では初めて、正規プログラムにバッハを入れないでリサイタルを開いた。とはいえ、バッハで示された、構成感を前面に出さず流麗な奏楽を志向するスタンスは変わりない。これが彼女の個性なのだろう。前半に組まれたヘンデル、ハイドン、ベートーヴェンでは、極めてスムーズな流れの下、楽曲に込められた洒脱なユーモアが、古典美の枠内で折り目正しく、しかし心地よく提示される。デュナーミクの幅を大きく取っているのも特徴で、ややもすれば悪い意味でチンマリとまとまってしまうヘンデルやハイドンでも、スケール感に過不足は一切ない。
後半のブラームスでも、流れるような音楽作りで一貫していたのは軽く驚きであった。細部の音構造を強調したり、一部のメロディーに耽溺したりするピアニストも多そうなものだが、ヒューイットは全体の流れを最重視し、奇を衒わず、まっすぐに音楽を進めて行く。しかし細部のニュアンスが零れ落ちるわけではない。特に第二楽章は深い音色でじっくりと攻めていた。スケルツォは若干力がこもり過ぎていたかな。とはいえ、全体としては見事と言う他ないお手前であった。ロマン派にも適性があるということを如実に示すいい演奏といえるだろう。そしてアンコールのバッハのトランスクリプションは、さすがの出来栄え。満足して会場を後にすることができた。
ちょっと思ったのだが、ヒューイットというピアニストは、海外古典ミステリでよくある「富裕層の子女によるピアノ演奏」のイメージに、実によく似合う人だと思う。そのイメージにおける「演奏」の完成形があったとすればこうなるだろう、という演奏なのである。決して羽目を外さず変な解釈はおこなわず、しかし禁欲的ではなくてユーモアとウィットがふんだんに含まれている。彼女の演奏で聴き手がトリップすることは恐らく不可能だが、丁寧に紡がれた音楽は、確かに本当に素晴らしい。そんなことを「妄想」してしまったリサイタルであった。