不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ヴァラキアの少年―グイン・サーガ外伝6/栗本薫

ヴァラキアの少年―グイン・サーガ外伝(6) (ハヤカワ文庫JA)

ヴァラキアの少年―グイン・サーガ外伝(6) (ハヤカワ文庫JA)

 凄腕の賭博師として鳴らす16歳のイシュトヴァーンは、ヴァラキアで、12歳の少年ヨナが借金の片として拉致されようとしているところに出くわした。見かねたイシュトヴァーンは、その借金取りに自分が金を貸していたことを思い出し、彼が連れて行かれるのを防いでやる。ヨナは金を作るためイシュトヴァーンに賭博を教えて欲しいと頼み、イシュトヴァーンは見返りとして、ヨナに読み書きを教えてもらうことにする。親交を深めた二人はやがて義兄弟の契りを結ぶが……。
『ヴァラキアの少年』刊行時点の本編(第23巻までに該当)では、アルド・ナリスへのコンプレックスから中二病をこじらせているイシュトヴァーンだが、16歳の若き頃は普通の中二病にとどまっていた模様である。博徒としてのワルの顔を見せて、乱暴狼藉もよく働くのだが、本質的にはいい奴で、年下の少年ヨナに何くれとなく世話を焼く。義侠心に富んだハイティーンの少年であり、主人公としての存在感は抜群である。一方のヨナの造形も鮮やかだ。彼は庇護されるだけか弱い存在ではなく、ローティーンの少年としては非常にしっかりした考えを持って生きている。特に学問の意義を熱く語る場面では、年齢問わず恐らくほとんどの読者が居住まいを正さざるを得ないはずである。
 本書は、この二人が友情または兄弟愛を育む様を、とても端正に描いている。読み書きを教える段ではヨナがイシュトを完全に圧倒して、笑いをもたらす。借金の片にとられてしまったヨナの姉を救おうとするエピソードでは、ヨナの想いを受けたイシュトヴァーンが必死に頑張るのがいじらしくてたまらず*1、結果にもの悲しさが漂うのも非常に印象的だ。そしてラスト、ヨナとイシュトヴァーンの別れの場面は、なかなかに泣かせる。
 登場人物に対する美辞麗句の羅列が今回は鳴りを潜めているのも良い。大袈裟な表現が排し、本書は、年端の行かない少年たちの、後年に比べたらとても純な日々を、そこに含まれる陰りや愁い諸共に、非常に端的かつ鮮やかに切り取っている。傑作として高く評価したい一巻だ。

*1:念のため申し添えるが、『ヴァラキアの少年』はやおい云々は完全に度外視して読めるので安心して欲しい。