不壊の槍は折られましたが、何か?

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時の封土―グイン・サーガ外伝5/栗本薫

 外伝初の短篇集。一篇目の「湖畔にて」は、兄ナリスに愛されていないのではと悩んで家出してしまう少年期のマリウス(13歳時)を描いた作品である。白眉は何と言ってもマリウスを助けた老人との会話で、泣ける良い小説になっているが、もう一つ、老人の正体を知った時のナリスの反応も素晴らしく印象的であった。
次の「風の白鳥」は、これからパロに攻め上ろうとテンパっているレムスが、草原で知恵遅れの少女と出会う話である。単にそれだけなのだが、妙に爽やかかつ残酷な話で、草原の風のようにさらりと、しかし忘れがたい印象を読者に与える。こういうエピソードが明るく終わるような人生を歩んでいれば、レムスが暗黒面に囚われることはなかったのかも知れない……なんてことを思わせる、切なさがいい。
 三篇目が表題作「時の封土」。時間が止められた恐るべき村に迷い込んだグインとマリウスの冒険を描く。と言っても特筆すべきアクション・シーンがあるわけではなく、最後に彼らは時間の呪いを解くことになる。「こういう魔法魔法した展開は、とりあえず外伝でやろう」という作者の(当時の)意向が反映されているのだろう。幕切れは時間の残酷さを痛感させます。
「白魔の谷」は『氷雪の女王』の続編で、洞窟を出たグイン・イシュトヴァーン・マリウスが、攻めて来た巨人や小人と戦う物語である。グインとイシュトヴァーンが突き落とされた谷に、タイトルどおり変な魔物が住んでいるという設定がメインか。あと巨人ロキの不死身っぷりが印象に残る。殺しても殺しても土からエネルギー吸って立ち上がって来るのだ。これは敵としてやっかい極まりない。ただしロキの名を冠する者が野蛮な巨人というのは、ちょっと残念であった。もうちょっと奸智に長けても良いはず。
「樹怪」は、シルヴィアを探して辺境に赴いたらしいグインが、気が付いたら変な場所におり、道端に現れたランタン婆の頼みで奇怪な化け物を倒しに行く物語である。この空間にいるだけでグインの記憶が曖昧になるという設定のため、自分の正体を巡るグインの自問はいつもより多めです。不可思議な異空間に紛れ込んだグインの奇妙な冒険が、栗本薫一流のすいすい読める文章で語られる。樹怪との戦いはちょっと間が抜けていると思ったが、まあ許容範囲内か。なお時系列上は、本編だと多分割と先の話で、ケイロニアのシルヴィア姫をグインが探しに行っている途中のエピソードの模様である。
 どの作品もよくまとまっているので、普通におすすめできる。個人的には「湖畔にて」と「風の白鳥」がいちおし。