不壊の槍は折られましたが、何か?

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イリスの石―グイン・サーガ外伝2/栗本薫

 道端で倒れていた吟遊詩人マリウスを助けたグインは、彼と一緒にケイロニア目指して赤い街道を進むことにした。そして道に迷ってしまった彼らは、死を売る都ゾルーティアに到着する。ゾルーティアでは不死の《死の娘》タニアと、アル=ロート王がイリスの石を巡って争っていた。グインは、マリウスと、都で偶々再会したイシュトヴァーンと共にその諍いに巻き込まれてしまう。
 初出を勘違いして前のエントリでは恥をかいたわけであるが、今回はちゃんと調べました。『イリスの石』はSFマガジンの1980年11月臨時増刊号に一挙掲載されたもので、この時期、本編ではまだグインはガキ二人+イシュトヴァーンと一緒にノスフェラスを彷徨っておられます。ところが『イリスの石』は、彼らと一旦別れた後に時間が飛んでいます。またマリウスが何者かはそもそも本編未登場なのでわかるわけもなく、雑誌をすぐに読んだリアルタイム読者は「なんか軽い奴が出て来たな」程度に認識したかも知れない。しかしこの後すぐに本編で明らかにされるように、マリウスはアルド・ナリスの腹違いの男であり、14歳の少年をパロのために殺してしまったショックから出奔してしまう。しかしこのエピソードが本編で語られていない時期に、『イリスの石』が発表されたため、葛藤を本書のマリウスはあまり見せません。
 さて肝心の内容であるが、生と死に関する非常にストレートなファンタジーとなっており、政治劇の色彩を強めて行く本編との差別化が図られている。ゾンビやミイラ、不気味な町に各種施設など、雰囲気は満点。おまけに、町の秘密について、ちょっとした発想のツイストがあって面白い。全編にわたって非常に楽しく読めるはずだ。またグインと《死の娘》のやり取りは、《生き様》《命》という重いテーマと《グインの正体》をしっかり絡めて処理されており、なかなか深くて面白かった。不満があるとすれば、グイン・マリウス・イシュトヴァーンいずれも、本当に深刻なピンチには陥らないところか。
 いずれにせよ、2名または3名の英雄が一緒に活躍したエピソードを手際よく紹介した作品である。水準はしっかり維持されているので安心して読んで欲しい。