不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

少女たちの羅針盤/水生大海

少女たちの羅針盤

少女たちの羅針盤

 現代パートと4年前のパートが交互する作品である。現代では新人女優(実際は20歳だがサバを読んで18歳と称している、という設定だ)が撮影現場で何者かに脅迫されており、その原因は4年前にあるというのだ。どうやら彼女は人の死に責任があるようだが……。一方、4年前のパートでは、いきなりその「原因」に触れるのではなく、4人の女子高生が《羅針盤》という劇団を立ち上げる所から話が始まる。現代パートの主人公である新人女優は、その内の誰かであるようだが、はっきり書かれていない。
 従って、読者は「4年前に何が起きたか」ということと、「新人女優は誰なのか」ということに興味の焦点を合わせて読み進めることになる――だろうと思っていたのだが、どうも違うようだ。というのもweb上の感想を見る限り、「驚いた」という反応が多いからである。
「新人女優は誰なのか」と思いながら読めば、彼女の正体は(山勘気味であることは否定しないけれど)早期に予想可能なはずである。しかもそれに関する伏線はあまり上等なものではない。本書においてミステリ的に堅牢なのは、「4年前に起きた事件のトリックと犯人特定ロジック」で、着眼点はとてもいい。しかし「新人女優」=「4年前の犯人」であることが予め明かされているので、「新人女優」が誰かわかってしまった読者には、「4年前の犯人」の正体で驚きをもたらすことは構造上不可能であろう。おまけに4年前の事件はかなり後ろのページで発生するため、全編を支える興味としても成立しづらい。
 では私のような読者にとって、本書を読み進める上でモチベーションとなる要素は何だろうか。まず挙げられるのは、4年前の被害者は誰かという興味である。加害者の方は先述のとおり看破可能だが、被害者の方はなかなか難しい。誰が殺されるのか推測しながら読むのも一興というものだ。事件の詳細は、現代パートでは終盤を除きほとんど回想されないので、「そもそもどんな事件だったのか」という興味でも引っ張る。
 次に挙げられるのは、4年前パートにおける女子高生たちの演劇への入れ込みである。彼女たちは部活としての演劇に飽き足らないものを感じ、教師や他の学生から反感を持たれることを承知で、学校を離れて演劇に取り組むのである。それに対する教師や他の学生の反応はかなり陰湿だ。しかし一方で、《羅針盤》も熱血だったり爽やかだったりするわけではない。彼女たちも、悪意を持ったりいじけたり嫉妬したりと、マイナスの面を遺憾なく発揮している。《羅針盤》のメンバーは等身大のリアルな女子高生として造形されており、本書で示される青春群像は事件抜きでも非常に苦い*1。こういうのは嫌いじゃないです。ただし、境遇・家庭環境に触れている箇所を除くと、4人の区別が付かないのは問題であるが……。
 というわけで、本書は青春小説として読めば、若干の稚拙さはあるものの、なかなか面白い作品である。ミステリとしても、4年前の事件の真相には感心させられた。しかし、現代パートと4年前パートとの美しい対比ないし調和があるとの見解には同意しかねる。現代パートは見破りやすく、「これで長篇として言い訳がきく作品になった」程度にしか機能していないからである。しかし実力者であることは十二分に伺える。この作家の今後に期待したい。

*1:なお、taipeimonochromeで紹介されている、選考に携わった女性たちが覚えた不快感は、恐らく、4年前パートでの女子高生の「リアルさ」と、現代パートの最後に現れた彼女たちの極めて前向きな姿勢が、齟齬を来たしていたからではないかと思う。結構黒かった人が爽やかに振舞うのを見ると、人間は、そこに偽善ないし悪巧みの臭いをかぎ付けるものである。そうなったらそりゃ「不快」ですわな。4年の間に何がどうなってあそこまで爽やかな連中となってしまったのか、あまり説明されないのも大きい。克己や成長の経過が描写されていたらまた違っただろう。