不壊の槍は折られましたが、何か?

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サイモン・アークの事件簿?/エドワード・D・ホック

サイモン・アークの事件簿〈1〉 (創元推理文庫)

サイモン・アークの事件簿〈1〉 (創元推理文庫)

 本書は、悪魔を追って様々な怪事件に首を突っ込むサイモン・アーク(自称2000歳)を探偵役に据えた短編10本から構成される。アーク初登場となる「死者の谷」は、作者ホック自身のデビュー作にもなっていて因縁を感じさせる。
 事件はいずれも、不可能状況ないし特殊状況下の殺人を扱っている。オカルトにちなんだ事物が事件を彩るのも特徴といえるだろう。ただし、最初の数編こそオカルトの気配が濃厚(実はこの世ならぬものの犯行ではないか、と登場人物が本気で怖れる等)だが、次第に普通のミステリになって来る。話数が進む毎に語り手は次第に歳を食う一方で、サイモン・アークが全然歳をとらないというかなり不気味な事態が起きる。しかし語り手(とサイモン・アークのその他の知己)がそれを当然のことと受け止めていて、特別な感慨を抱かない。また「悪魔は人の心だ」のような言辞が増えてくる。探偵役の設定を考えると少々勿体ない気もするが、冷静に考えてみると、語り手にとっては「全然歳をとらない知り合いと、悪魔を追って奇怪な事件を調べたはいいものの、またもや普通の殺人でした」が数十年間延々と繰り返されてきたわけで、そりゃあ惰性が出てしまうのも人情であろう。この変化は不自然ではないと感じる次第である。
 さていずれの短編も、ミステリとしてのクオリティはなかなかのものだ。ロジックでガチガチに固めず、どちらかと言えば小ネタのアイデアでもたせているので、インパクトはやや弱いが、十二分に水準は維持できている。ホラー・ミステリを求める人には向いていないかも知れないが、既存のホック・ファンにはしっかりとアピールできる作品集といえよう。