不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ジョニー・ザ・ラビット/東山彰良

ジョニー・ザ・ラビット

ジョニー・ザ・ラビット

 雄のウサギ、ジョニー・ラビットを飼っていたマフィアのボスが、殺し屋ボビーに一族郎党皆殺しにされてしまう。ジョニーはどさくさ紛れに野原に逃げ出し、そこで探偵事務所を開く。そんなジョニーの元に、失踪した兎の捜索依頼が舞い込んだ……。前半はウサギの間の事件、後半はヒトの間の事件を扱う。後半、ジョニーは元飼い主の仇であるボビーに飼われることになります。
 非常に不思議な読み口の物語である。後半ではかなり迫真性のある筆致で人間のマフィア抗争や発電所に関する汚職を描いている(そしてもちろん、ウサギは単なるペットでしかない。人間との意思疎通もできない)のに、前半では、ウサギやドブネズミが友情で結ばれたり、粗筋にもあるようにウサギが知り合いのウサギの捜索依頼をウサギに出したり、野原(?)にはウサギのマスターが経営するバーがあったり、ウサギが進化の階梯を登ろうと「死」のことを考えたりして変な宗教集団を形成したりする。擬人化の度合いが前半と後半ではっきり別れているのだ。しかし、主人公ジョニー・ラビットはシニカルなものの見方をするウサギの私立探偵として一貫し、ノワール寄りのハードボイルドという作品の特徴を明らかにしている。初見の雌ウサギ(しかも依頼者!)に何はともあれのしかかって交尾したり、草を食べてトンでいる一団がいたり、仇のボビーの膝の上で撫でられてジョニーが気持ち良くなってしまうなど、ウサギならではの習性が笑いを呼ぶ。しかし肝心な場面ではことごとく、暗さや深刻さが強調されるのである。特に、重要なテーマである「死」が醸し出す寂寥感や儚さは、天下一品である。
 本書最大の特徴は、これらをやるのがウサギであるということだ。いい意味で実にミスマッチであり、批判を恐れずにバカミスと主張しておきたい。