不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

太陽の中の太陽/カール・シュレイダー

 その世界《ヴァーガ》は惑星サイズの球状の空間で、中心には古の大きな人工太陽が存在する。空気に満ちた《ヴァーガ》の中で、人々はあちこちに小ぶりの人工太陽を作り、その周りでいくつも国家を作って暮らしていた。その中の小国エアリーは、自前の太陽を作ろうとして失敗し、作業従事者が乗る船は、大国スリップストリームの空中艦船に撃墜されてしまう。この事件で両親を失ったヘイデンは、仇を討つためスリップストリームの提督の邸に、奉公人として潜り込むことに成功した。だがスリップストリーム自体に敵国からの攻撃が迫り、提督とその妻は作戦行動に打って出る。ヘイデンもこれに同行することになり……。
「人がゴミのようだ」で有名な戦艦ゴリアテを想起させる艦船が登場する、技術水準が絶頂期からかなり後退してしまった世界を舞台にした作品である。船はもちろん街も宙に浮いており、無重力が日常的なものであるという世界設定が面白い。ただし小説としてメインに据えられるのは、ヘイデンの復讐譚と、提督夫人の権力追求譚である。
本書は非常に惜しい小説だ。復讐、恋愛、権力闘争、誇り、謀略、世界の秘密と、様々な要素が出て来て物語を彩るのだが、いずれも印象が散漫である。作品としての焦点が絞りきれていない。これは恐らく、登場人物の性格がいまいち鮮明に伝わらないことと、世界の真相を作者自身が扱いかねていることによる。いやそりゃ、内部が空洞の人工天体を作り、その内部に人工太陽を配置、おまけにこの《ヴァーガ》の外の宇宙空間にも何らかの形で人類が生存しているらしい、という壮大な設定はとんでもない量の科学知識をぶち込まないとリアルには描写できないと思う。しかし、シリーズ最初の作品であることを勘案してもなお、曖昧な部分が多過ぎるように思われるのである。少なくともSFとしては弱点となろう。
 フィリップ・リーブの《移動都市》シリーズとの決定的かつ致命的な差はここである。《移動都市》はキャラが明快だし、設定も(純空想上のテクノロジーがほとんど登場しないこともあって)読者にも明瞭に理解できたのである。『太陽の中の太陽』は、残念ながらそこまで行っていない。だからと言って『太陽の中の太陽』が無価値だとまでは言えないが、ビハインドであることは間違いないだろう。設定だけを見れば歯応えは《移動都市》よりも数段上なので、ここをどう処理するかが今後の焦点になると思う。頑張って欲しい。