不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

地図男/真藤順丈

地図男 (ダ・ヴィンチブックス)

地図男 (ダ・ヴィンチブックス)

 国土地理院発行の分厚い地図帳を持ち歩き、そこに様々な物語を細切れに書き込んでいくホームレスの男……。このホームレスに時々会って地図帳を見せてもらう主人公は、いつしか彼自身の物語に触れることになる。
 地図帳に書き込まれた数々のストーリーは恐らく妄想であり、ホームレスは憑かれたようにこれらを書き散らしたと思しい。
 物語内の《現実世界》における基本ストーリーは、はっきり言って脆弱だ。しかし地図帳の各エピソードが非常な賑わいとなっていて良い。丹念な作り込みではなく、言葉や登場人物の勢いを何よりも重視したエピソードが並ぶ。ここに刻まれたのは、明らかに地図男の想像力の飛翔であり、それはもちろん真藤順丈の想像力の飛翔でもあるわけで、ぶっ飛んだ面白さがあって読ませる。粗がないと言えば嘘になるが、このテンションは買うべきだろう。
 思えば同じ作者の『庵堂三兄弟の聖職』も、各種の脇道エピソードを配しつつ、バランスが若干崩れることに構わず、勢い良く押し切る作品であった。恐らくこの作者は、「物語る」ことに賭けているのではないか。この点で、真藤順丈は、古川日出男の正統後継者たる存在と言えるのかも知れない。もちろん現時点では古川日出男に一日どころではない長のだが、もっと練れば更なる高みを目指せる才能である。今後に期待が持てる新人の登場を寿ぎたい。