不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

第三帝国の興亡4/ウィリアム・L・シャイラー

第三帝国の興亡〈4〉ヨーロッパ征服

第三帝国の興亡〈4〉ヨーロッパ征服

 第4巻では、ナチスベネルクス3国とフランス、イギリスを西部戦線で打ち負かしたがイギリスを追い詰めることに失敗した挙句、ソ連に侵攻してスターリングラードで惨敗を喫するまでを描く。第3巻までは、ナチスがいかに奇跡的な幸運に恵まれて物事を運んできたかが強調されたが、第4巻では、上層部のめちゃくちゃな采配ゆえ遂にメッキが剥げ始めている。西ヨーロッパ制覇が語られるのは本巻においてだが、フランス降伏で(結果的にだが)頂点に達したナチスの栄光に対し、著者はダンケルク撤退とバトル・オブ・ブリテンの敗北をかなり詳細に語ることでミソを付けている。いやあこの著者、本当にナチス嫌いなんだな。また戦争に巻き込まれた地域が大きくなるにつれ、枢軸側に世界視野の戦略眼がなかったことが如実に表れて来て、面白い。ヒトラーは、ヨーロッパ大陸でしか物事を把握していなかったようなのだ。ゆえに中近東やアフリカ、そして洋上の重要性は認識されておらず、チャンスをふいにし始めている。第3巻までチャンスをふいにしていたのは、ヒトラーの敵たちであった。だがこれからは逆になる、ということなのだろう。そしてロシアの大地でドイツ軍は大敗を喫するのだ。でも全然胸が透かないのは、ソ連ソ連だからである。何といっても同志スターリンだからな。
 日本人として興味深かったのは、日頃アホだ馬鹿だ近視眼的だ児戯に等しいぞこの野郎などとボロクソに言われることが多い日本外交が、珍しく狡猾に描かれていることである。日本はドイツが敵対するソ連に対する宣戦せず、逆にドイツは、日本が敵対するアメリカに対し宣戦するのだ。そして史実でも実際こうなったのである。日ソ不可侵条約がありアメリカを当面の敵とした日本にとって、事態は都合良く運んだわけである。……もっとも、この後日独伊は連合国にフルボッコされ、この時点での都合の良し悪しは意味をなくしてしまう。虚しい外交勝利であったといえよう。なお見方を変えれば、日本は調子の良いことばかり言うナチスに騙されたとも言えるわけで、本書がナチスを俯瞰する作品だからナチス側にとっての都合の悪い状況に触れたに過ぎず、日本から見た場合それはそれで色々と不都合が当時からあったのではないかと思われる。人間同士、国家同士の取り決めにはよくあることとはいえ、win-winの関係は難しいですな。
 いずれにせよ、運命の歯車は、枢軸側に不利な方向に回り始めた。次巻ではヒトラーの死と第三帝国の崩壊が描かれる模様だが、その前に、遂にホロコーストに触れられるらしい。次が出るのは2009年2月の予定。楽しみにしています。