不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

スリーピング・ドール/ジェフリー・ディーヴァー

スリーピング・ドール

スリーピング・ドール

 過去、ある一家を惨殺したとして収監されていたカルト教祖ダニエル・ベルが脱獄した。尋問のプロで《人間嘘発見器》の異名をとるキャサリン・ダンスは、その捜索を任される。キャサリンは警官たちを指揮してダニエルを追うが、その一方で、以前ダニエルと共同生活を送っていた3人の愛人たちを呼び集め、ダニエルの人格を探ろうとする……。
 今回は『ウォッチメイカー』で登場したキャサリン・ダンスがピンで主役を張っている。彼女は何せ《人間嘘発見器》なので、読む前に「誰も嘘付けないなら盛り上がらないんじゃないか」と心配していた向きもあったが、そこら辺はさすがディーヴァー、非常にうまく処理しています。ただし反面、キャサリンの特殊技能がそこまで活かされていたか、というと若干の疑問符が付く。捜査を離れて心理分析するときに特に顕著。いやその程度なら普通の視点人物でも推測するから! でもそれでも面白くしてくれるのだから凄い。敵役ダニエルが非常にカルトっぽい奴でいい感じだし、3人の女がダンスに招集されて過去の話や自分の話をするのだが、「同窓会」っぽい雰囲気――親しみの中に篭る隠せない緊張感――がいいです。そして終盤の怒涛の展開! これぞまさにディーヴァー印。
 とはいえ、最近のディーヴァーは「人間関係を動かさない」方針を打ち出しているように見えて、やや気になる。事件を日常に回収するのはいいのだが、その「日常」が「以前と全く同じ日常」ばかりでは芸がないように思うのだ。もっとハッキリ言えば、「人の恋路を邪魔するガキは、馬に蹴られて死んじまえ」ということである。『石の猿』の老荘思想*1に対しても同様のことを感じたが、察するに、人間やその関係性が変わる推移を、ディーヴァーはあまり書きたくないのかも知れない。

*1:高いリスクだが劇的に回復する可能性がある手術を、あのリンカーンが、誇り高きリンカーンが、合理精神の塊のような男が、「意気地がない」状態とはこれ以上ないくらい正反対のおっさんが、何と最終的に拒否してしまうのである! 何でも、あるがままがいいんだそうである! 某登場人物、死して皮残すにも程ってもんがあるだろ!