不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ブライトノミコン/ロバート・ランキン

ブライトノミコン―リズラのはちゃめちゃな一年間 (創元推理文庫)

ブライトノミコン―リズラのはちゃめちゃな一年間 (創元推理文庫)

 バレンタインデーに恋人とデートしていたはずの「ぼく」は、チンピラに絡まれて海に投げ込まれて溺死してしまった。そんな「ぼく」を助けてくれたのが神秘の探偵ミスター・ルーンだった。「ぼく」は死を経て記憶を失くしてしまったので、この胡散臭い恩人に勝手に「リズラ」と名付けられる。そして彼と一緒に、ブライトン十二宮ブライトノミコン(もの凄い牽強付会)と古代の大発明クロノビジョン(でも見た目は安っぽいテレビ)を追う大冒険に付き合わされる羽目になるのだった。
 ブライトン十二宮とあるように、一応十二編の短編からなる連作短編集とも言える。しかしマトモなのはここまで(本当にここまで)。作品は隅々に至るまで目くるめくギャグの数々に埋め尽くされてあり、意義深い読書を求める人には全く向かない。展開も台詞もとにかくシュール。その分都市伝説のばかばかしさが表れているとも取れるが、多分そんな深読みはするだけ無駄に違いない。
 登場人物のやり取りは丁々発止としつつも意味など全くないし、ストーリーの起承転結もしばしばグダグダになる。登場人物の性格も全く読めないまま終わってしまうし、とにかく真面目に書いているとは思えないのである。誉めるべき要素は登場人物が活き活きとていることくらいか? でも「ナンセンスだっていいじゃないか!」と腹を決めてしまえば、滅法楽しく読めてしまうのである。コニー・ウィリスの長編におけるそれよりはよほど効率的な繰り返しギャグや、ミステリ・ファンには「踊る手長猿」を想起させつつもやっぱりこじ付けな各章扉絵、次第に盛り上がってくるように見えなくもない全体構成、どこからどう見ても無理筋な符丁。これらは通常批判されるべきだが、作者は本当に楽しみながら書いている。ここには血も汗も涙も皆無、ただただ楽しいひととき「たち」だけがあるのだ。しかもこんなに意味不明な話なのに、非常に読みやすいのは称揚しておきたい。
 というわけで、ブラックまたはハイブロウなギャグにも耐性のある人には、本書はかけがえのない体験をもたらしてくれるだろう。個人的には非常に気に入った。他の作品も出ないかな。