不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

タナーと謎のナチ老人/ローレンス・ブロック

タナーと謎のナチ老人 (創元推理文庫)

タナーと謎のナチ老人 (創元推理文庫)

 一切眠らない体質ゆえ、暇に飽かしてあらゆる書物を読み漁り、多様な怪しい団体に所属する男、タナーが帰って来た! 今回の彼の任務は、チェコスロバキアの秘密警察に逮捕されたネオナチの大物老人をプラハの要塞から奪取し、国外に連れ出してあるアイテムの隠し場所を聞き出すことだった。早速タナーはプラハに向かう列車に乗り込むが、チェコスロバキアの国家機関は早速タナーというスパイが潜入して来たことを察知し、列車の客を一々チェックし始める。タナーはその後、ナチズムに共感しているように見せかけて、ネオナチ機関の協力を取り付ける……!
 今回もまたもの凄い、あり得ない展開の数々で物語を引っ張る、という趣向のバカミスとなっている。ナチス・シンパとユダヤ・シンパを演じ分けることなど初歩の初歩、といった感じで、ニンフォマニアナチスのヒロインを前にして、性欲を抑えるために「こいつはナチスだ、ナチスなんだ」と必死に自戒するところなどかなり可笑しい。その後も随所で相当な無茶をやらかします。ただし、『快盗タナーは眠らない』に比べて冒険の焦点ははっきりしているし、かつテーマもテーマなので、そうそう軽い話でばかりもいられない。ヘニング・マンケル『タンゴ・ステップ』でも示されたように、ナチスは21世紀に至っても、まだまだヨーロッパ社会最大のタブーの一つであり続けているのだ。ましてや『タナーと謎のナチ老人』は1966年の作品であり、どこかで深刻かつ真摯な主題を打ち出さざるを得ない。本書の締めは、沈み込むような情感を湛えており、本書が決して「笑える」だけの小説ではないことを明らかにしている。
 というわけで、単に愉快な話、という側面は前作よりも後退したが、代わりにテーマ面ではかなり整った話となっている。無茶な展開に目がないと同時に、少々の《陰》もまた一興、などと楽しめる人には、強くおすすめしたい。