不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

赤い星/高野史緒

赤い星 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

赤い星 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

 帝政ロシアの属国となった日本の首府・江戸は、将軍の治下、吉原文化とアキバ文化が共存する独特の風土を織り成していた。市民はペテルブルクに憧れ、テレビ局が不定期に開催する《シベリア横断ウルトラクイズ*1に殺到する……。そんな江戸に、先代ツァーリの遺児で死んだと思われていた皇子ドミトリを名乗る男が出現する。幕府はドミトリを利用して現ツァーリ、ボリス・ゴドゥノフ率いる宗主国を揺さぶるため、計略を練っているようだ。ハッカーのおきみは将軍の落胤を名乗る花魁の依頼を受けて、電脳空間でドミトリ騒動の背景を探ろうとするが……。
 ロシア帝政および江戸幕府が現代まで延命した、という架空歴史ものなのかと思いきや、「旧ソ連時代は」という断りやロマノフ朝の君主名*2」が飛び交い、時系列が混乱している。その他も整合性がとれているようでとれていないが、ではカオスなのかというとそこまでも行かない。むしろ幻想小説としては綺麗にまとまっていると言えなくもないのである。ロシアやソ連イデオロギー抜きで憧憬する人々の想いを、SFおよび幻想小説の枠組で結晶化した作品として、高く評価したい。

*1:読んだ者は誰もが言い添えることだが、やはり「ペテルブルクに行きたいかー!」「おー!」のインパクトは強烈である。

*2:ボリス・ゴドゥノフは、史実では、ロマノフ朝成立以前のツァーリである。