不壊の槍は折られましたが、何か?

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第三帝国の興亡3/ウィリアム・L・シャイラー

第三帝国の興亡〈3〉第二次世界大戦

第三帝国の興亡〈3〉第二次世界大戦

 第三巻では、独ソ不可侵条約ポーランド侵攻直前→侵攻(第二次世界大戦勃発)→デンマークノルウェー侵攻を扱っている。ヒステリックに喚き散らしながら滅茶苦茶な戦争を始めるヒトラーナチス首脳部、狡猾な同志スターリン、腑抜け気味な上に間が悪く対応が後手後手に回る英仏、戦争をするのを嫌がるムッソリーニ、頑固なポーランド、そして為す術もなく蹂躙される北欧二カ国が、綿密な取材に基づいて描かれている。読者の目の前には、第二次世界大戦時の国際社会が活き活きと立ち現れることだろう。ヒトラーが生存圏にかけるパラノイアックな思い入れは実におぞましいし(ついでに、何故ここまで戦争を急がねばならなかったかも理解に苦しむ)、他国の翻弄されっぷりも印象深い。ただし本巻で唯一、ソ連だけはナチスに翻弄されず、むしろヒトラーをやきもきさせる。
 本書で読者として注目したいのは、戦争が本格化するにつれて、ナチスが抱くユダヤ人への憎悪が次第に具体的な形を持ち始めて来ている点だ。この後に何が来るかを知っている我々には、この暗雲は非常に不吉で不気味なものに映るだろう。今回もまた、非常に面白く読めたし、読み応えも十分であった。次はいよいよ対仏戦である。
 ただし、第三巻に至って、私は作者の視点に若干の不信感を持つようになった。彼は、ナチスに支配されたドイツ人とドイツ正規軍、ナチスに狙われながらも唯一陸上で軍事的に支援を受けられていたはずのソ連の進駐を拒否するポーランドナチスの真意にようやく気付いたイギリスやフランス、どうしようもなくて降伏したデンマーク、北欧が侵攻されても適切な対処をとらなかったベネルクス三国、ここら辺の政府や国民に非常に批判がましい。しかし私は、これは、他国に侵略されたことはないしその危険性も非常に低いアメリカ国民の、理想論に傾き過ぎた傲慢なたわ言ではないかと思われてならない(シャイラーはアメリカ人である)。確かにもっと適切な手は打てただろう。しかしここまで堂々と非難できるものなのだろうか。領土の一部が侵されるなんて生易しいレベルではなく、隣国に国家が潰されることを何度も経験してきたヨーロッパには、隣国(カナダとメキシコ)に侵略される可能性などゼロに等しいアメリカが経験できない《現実》があるのではないか。まあ耳に痛いことは誰かが言わねばならないし、真っ当な正論ではあるため、本書の価値は揺らぐことはないのだが、本音を言えばそう思う。