不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

紙の碑に泪を/倉阪鬼一郎

紙の碑に泪を (講談社ノベルス)

紙の碑に泪を (講談社ノベルス)

 エレガントな事件を切望している上小野田警部は、ジャック・ホーント・アニイ作、田那珂淳一訳の小説『紙の碑に泪を』を読みながら、八王子で発生した殺人事件の捜査に当たる。どうやら容疑者はN○Kホール*1で演奏会を聴いていたというアリバイがあるようで、警部は当日のコンサートに足を運んだ人の幾多のブログの記載から、アリバイを崩そうと考えているようだ……。
 作中作『紙の碑に泪を』の内容があまりにもバカバカしい(ジム・トンプソンを模倣*2)ので、これに仕掛けがあることはすぐわかる。しかしだからと言って実際に何がおこなわれているかを見破ることは難しい。作中の現実におけるアリバイ・トリックがなかなかうまかったこともあり、楽しませてもらった。しかし多少気になるのは、倉阪によるこの手の作品の「書き手側の難易度」が次第に下がって来たように思われることだ。いつも『呪文字』や『しあわせの書』『生者と死者』並にすべきとは思わないが、文章を書くこと自体に難渋するような強い制約がかかっていないと心底感心するのは難しい。
 また、読んでいて面白かったのは、複数のブログ描写が真に迫っていたことだ。いずれのパターンも「こういう人、いますよね」という感じである。多少揶揄交じりかも知れないが、コンサートには様々な客層が来るということがよくわかるのである。

*1:実際のNHKホールと考えて差し支えない。

*2:最初のうちは、であるが。