不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

肺魚楼の夜/谺健二

肺魚楼の夜

肺魚楼の夜

『赫い月照』から3年。阪神淡路大震災10周年を迎えようとしている神戸において、またもや奇怪な事件が持ち上がる。須磨の屋敷で、肺魚の化け物に住人が殺されそうになったというのだ。私立探偵を営む有希(←苗字。♂です)は、震災が残した心の傷も浅くない事件関係者に同情して調査を開始するが……。
 本格ミステリのネタはてんこ盛りである。タイトルにもなっている肺魚の怪の真相はシンプルで、良くも悪くも脱力ものだ。深刻に語られる某クライマックスは、真相がわかっている人には非常に滑稽に映るだろうが、私は結構好きである。タイムスリップして撮って来たかのような写真の謎は、若干わかりやすいがまずまずの出来だと思われる。そしてもう一つのあるネタは、人間ドラマを反転させて、サプライズとともに、震災に人生を引き裂かれた者の悲哀を読者に伝える。そして作者の関心は、やはり阪神淡路大震災にあるのだ。
 谺健二は本書で、忘れられつつある阪神淡路大震災本格ミステリの力を借りて読者の心に留めおこうと欲した。それを(他地域や政府に対する)恨み節という形で表さず、被災者たちの緩やかな精神的回復を通して成し遂げようとしているのは素晴らしいことだと思う。「精神的回復」の一部が都合良過ぎ、不満もそれなりにあるが、その心意気や良しとしたい。