不壊の槍は折られましたが、何か?

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占星師アフサンの遠見鏡/ロバート・J・ソウヤー

占星師アフサンの遠見鏡 (ハヤカワ文庫SF)

占星師アフサンの遠見鏡 (ハヤカワ文庫SF)

 恐竜のキンタグリオ一族は、皇帝が統治する中世ヨーロッパ的な世界に住んでいた。その知能を買われて宮廷占星師の弟子になっていたアフサンは、神話を絶対視する師の考え方に不満を持っていた。世界をもっと観測して、真実を知りたい……! そんなある日、アフサンは友人の王子ダイボ(「王子」と表記されているが、立場は皇太子である)と一緒に、《神の顔》見に行く巡礼の旅に出ることになった。そして最新発明品の「遠見鏡」で空を見たアフサンは、世界を巡る驚愕の真実に気が付く。
 ソウヤーの翻訳済み長編では、これだけを読み零していた。
 恐竜たちの活き活きとした描写がまず興味をひく。爪と牙だけによる狩りが誉れとか、大陸は大河を進んでいるという宗教観とか、肉食獣の凶暴な本能をいかに抑制して文化的生活を送るかとか、なかなか面白い。こういった部分にもセンス・オブ・ワンダーが紛れもなく息づいている。そして本書は同時に、アフサンの成長譚でもある。通過儀礼や交尾など、成長に関するイベントも複数こなし、その科学的好奇心の強さもあって読者のシンパシーを着実に得ていくのだ。そして明らかにされる世界の真実! 中世ですなあ、と思っていた作品世界が急転直下、どこからどう見てもガチのSFになる瞬間は、やはりどうしようもなくエキサイトしてしまう。しかも世界がイメージしやすいのである。ラストが希望に満ちているのもいい。『占星師アフサンの遠見鏡』は、実にソウヤーらしい作品といえるだろう。
 というわけで素晴らしい作品だと思うのだが、残念ながら同じ世界を舞台にした続編が未訳のまま残されている。キンタグリオたち、どうするんだよこの後!? 続編が出ないのは隔靴掻痒、実にストレスフルだ。糞つまんない《ネアンデルタール・パララックス》三部作を全部訳すくらいなら、このシリーズの続編が出されるべきであった。権利関係その他大人の事情があるのかも知れず*1早川書房を非難しようとは思わないが、正直怒りのやり場がなくて困る。

*1:ネアンデルタール・パララックス》が何故かヒューゴー賞を取ってしまった事実も見逃せない。